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大地のエネルギーを体感 有珠山麓の噴火跡

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 洞爺湖沿いの有珠山(737メートル)は約30年に1度、噴火をくり返している。
 2000年3月には、西山山麓に新たな火口がいくつも出現し、国道と町道を寸断した。新しい火口群を巡る散策路を歩いてみた。
 洞爺湖温泉から歩いても30分ほど。山麓の畑のなかを国道230号はゆるやかに下っていたが、噴火にともなう隆起で行く手がせり上がって国道部分が窪地になった。水がたまって沼が出現し、そのなかに道路標識が立つという不思議な光景ができている。

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 国道から分岐する町道は、アスファルトがめくりあがっていくつもの巨大な段差ができ、ガードレールはねじ曲がり、電信柱が倒れている。最大75メートル隆起したという。
 鉄道の枕木を敷き詰めた散歩道をたどると、火口の巨大な穴に水道管が突き出ていた。その上には取り残された重機がある。2000年3月27日以降の地殻変動で水道管が破裂し、31日に水道業者が修理をしている最中に噴火がはじまり、重機を放置して逃げたらしい。
 3月31日から4月7日までの間に、金比羅山から西山山麓にかけて30カ所以上の火口ができた。

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 町道沿いの菓子工場は建物の後ろ半分が隆起して崩れている。堅牢なはずのアスファルトの道路も紙細工のようにグニャグニャに曲がっている。
 一方、巨大な噴火だったにもかかわらず、犠牲者はゼロだった。噴火を予測して3月29日に「避難指示」を出して全住民が避難していた。
 有珠山は1910年の噴火で明治新山を形成。1943年には昭和新山、1977年から78年にかけても十数回噴火した。約30年に一度の災害の経験を生かし、専門家が噴火を予測し、行政も迅速に行動した。専門家の忠告を政治家が無視した結果、大流行に陥ったコロナ禍と好対照をなしている。科学より政治を優先する愚かしさが2つの災害を比べるとよくわかる。

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 有珠山の山麓には今も煙をあげる昭和新山がある。戦時中の1943年に、麦畑が噴火して岩盤が露出した不気味な山がせり上がった。でも、地熱が冷めるにつれて麓から少しずつ緑がはい上がっているという。
 大地のエネルギーを身近に実感できる有珠山はユネスコの世界ジオパークに指定されている。

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