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昔のことを思い出した

僕は昔から怖がりで弱虫で、よく泣く子供だった。

友達にいじめられて悪口言われたり殴られたりハブられたり。
姉と喧嘩して泣いたり。
習い事でうまくいかなくて泣いたり、
受験に失敗したり、
うまくいかないことがあるたび泣いた。

最近は昔ほどは泣かなくなって、
ふと、泣き虫だった頃を思い出して、
その理由の一つに、死ぬことを考えて泣くことが多かったことを思い出した。

良く夜中に起きて泣きながらお母さんに慰めてもらったなと。

死ぬってどう言うことだと思う?

そう言うみんなが抱えている当たり前の問題を、
当たり前なのに誰もが理解はしていないんじゃないかと。
そこに理由をつけるために宗教やら神様やら、
極楽浄土なんていうある種言い訳みたいなもので納得しているけど。

僕は子供の頃死が無であることを強く感じてたんです。

きっと夜眠っている間の記憶がないみたいに、
真っ暗で、パソコンのシャットダウンみたいに、
プツンと世界と自分のログインが途切れる感じで。

そのまま電源を押す人がいなくなって忘れられる。
そんな気がしていた。

その頃くらいから、ナニカになりたいと思うようになって、
いろんな習い事をしたり、周りの真似事をしたり。
親からたくさんのものを与えられて選択できるようにと、
挑戦をさせてもらった。

でもそのどれも結局やめてしまって。
そのあと始めた軽音楽部で始めたギターを、
未だに握ってステージに立っている。

僕はこのために生まれたのかもしれない。
そう思うには充分すぎる理由が、
継続している。
っていう結果だったわけで。

それから今は死ぬことより、
生きるということを考えるようになった。

そうしたら毎日ちょっとしたことで嫌な気持ちになった時
それと向き合うようになった。
いろんなものと出会って別れて失っていく中で、
その感覚はちょっとずつ鋭敏さを失って、
擦れたレコードみたいな鈍さがあって、
でも確実に味のある人生になった。

なにが書きたかったのか、どんどんわからなくなってきたが、
言いたいことに意味なんてない。
言いたいっていう事実しかそこにはないわけです。

少なくとも今日僕は仕事で休憩時間にカレーメシを食べながらコーラを飲んで、新譜のお知らせメールをいろんな人に送って、
一息つきながらこの文章を打っていた。

本当に、ふと思い出したから。

まあ、バンドマンも、人間なんだよってことです。

みんなが抱える悩みもくるしみも、
僕らもわかるよってこと。

コロナに入ってから、
友達が二人死んだ。
コロナで。じゃない。
コロナ禍に殺された。
辛い時、一人にしてごめんなと思った。

みんなも一人にしたくないから、
本当は一人でも多くの人と話したり会ったりしたい。

でもできないから、
せめて音楽だけでも聞いてもらえたらとは思った。

まあそんな感じの昼下がりでした。


ayatoriはサブスク出します。
3/3から順次正規リリースされます。

3/2には音源リリースイベントやります。
1stE.P「eureka」が、
なんらかの助けになりますように。


3/2に限らず。
みんなまたライブに来てね。
生きてるよって報告してね。
俺も生きてるよってライブしてますから。
ね。

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