料理の組み立て方
「どうやったらこんな組み合わせが思いつくんですか…?」と間借りのお客様に良く聞かれる。僕はどうやってこの組み合わせを思いついてるんだろう…と質問されてから考える。
改めて考えることで「あぁ、自分はこうやって料理を組み立てるんだな」と認識することが出来る。質問され、考え、答えるというのは自分の考えを整理するいい機会だ。
身内に濃厚接触者が出てしまった。自分が陽性になった訳ではないが何かあってからでは遅いので安全のため2〜3週間は仕事をしない、と決断した。フリーランスの料理人なので料理を作る機会を失ったらその間は仕事を失っているということになる。2〜3週間でも結構しんどいな〜困ったなぁ〜と思う。正直な話人に来てもらって料理を提供出来なければお金を稼ぐ方法もない。お金のためにやってるわけではないがお金はないと生きていけない。嫌な世の中だ。
しかしまぁ普段やらないことをやる良い機会なので久々にnoteで有料記事を書くことにした。有料とは言っても記事は全部無料で公開する。別に隠すようなものでもないから。全部読んでいいなと感じたら応援だと思って購入してくれると嬉しい。ただ読むだけでも本当に全然構わない。
ということで冒頭で言った「どうやったらこんな組み合わせが思いつくんですか…?」という質問に真面目に答えてみる。多分長くて読みにくくて面倒臭い文章になると思う。書く前から分かる。
まず、僕の料理の組み立て方は大きく分けて3つパターンある。
①主となる食材を決め、それを中心に他のパーツを決めていく
②どんな味にしたいかを先に決め、そのイメージに食材を当てはめていく
③元となる料理があり、その要素を分解し再構築する
……3パターンじゃない、まだある。勝手に自分の料理の組み立て方は3パターンだと思っていた。多分3パターンってすごく語呂が良いからだろうな。考えを整理することの大事さが改めて分かる。
④主となる色を先に決め同系色の食材でまとめる
⑤直感
僕の料理の組み立て方は大きく分けると5パターンあるらしい、ということが分かった。ではそれぞれに当てはまる料理をベースに解説していく。
①主となる食材を決め、それを中心に他のパーツを決めていく
これはまずメインとして使いたい食材を旬のものや地のものから選びそこに寄り添うよう他を決めていくやり方。基本的に仕上がりとして主となる食材の味や香りが生きるように仕立てる。
もう終了してしまったが初夏に出していたヤングコーンの料理。大前提としてヤングコーンを美味しく食べようというのがあるのでこれは①にあたる。この料理は簡単に言うとヤングコーンの春巻きなのだが「ヤングコーンを包んで揚げよう!」となるまでには次のような流れがある。
ヤングコーンを美味しく食べたい
↓
ヤングコーンの美味しさってなに?
↓
髭
↓
髭の美味しさってなに?
↓
食感と香り
↓
食感と香りを良くするにはどうすれば?
↓
提供直前での火入れ
↓
火入れ方法はなにがベスト?
↓
ヤングコーンで一般的な火入れはアルミで包んでロースト
↓
しかしローストは時間がかかるし
焼き上がりをバラしてたら冷めてしまう
↓
生のまま先にバラして相性の良い食材と合わしておき提供直前で加熱したい
↓
春巻きに包んで揚げる
という流れでようやく「ヤングコーンを包んで揚げよう!」となる訳だ。ヤングコーンを包んで揚げることは決まったから次はなにを合わせるか。なにを合わせるかを決めるためにはなにが足りないかを考える必要がある。なにが足りないかを考えるためにはまずなにが“ある”かが分からなくてはならない。
加熱すると実からは野菜らしい甘味、香ばしい香り、コリコリした食感。髭からは豆苗にも似た青っぽさとシャキシャキした食感。
このようにヤングコーンに元々ある要素をまとめると料理として足りてない部分が見えてくる。
まず動物性の旨味が欲しいな。ヤングコーンを生かしたいから強すぎず、でも料理として成り立つくらいの旨味。
あとこのままでは水分量が足りない。パサパサした料理は食べててしんどくなるのでペーストやソースなどで補いたいところだ。
揚げ物なので油を切ってくれるような酸味が少しあると料理がよりまとまる。これは水分と一緒にソースで補うか。
最後になにかアクセントがあるとメリハリのある料理になるな…
と、いった具合だ。
もうだいぶ料理の形が見えてきた。
ここからは自分の引き出しを沢山開いて好みのものや旬のものを当てはめていく。
●動物性の旨味
→白身魚のフィレとムース。ムースはまとまりがない食材たちの繋ぎとなるし春巻きの皮をくっ付ける接着剤にもなる。(今回は魴鮄を使用)フィレは塩を打って脱水しエルヴドプロヴァンスで軽く香りをつけておくことで奥行きが生まれる。
●水分
→ケールとアカモク(別名:銀葉草 強い粘り気が特徴の海藻)のペーストで春巻き内部に仕込むことでパサツキを軽減させる。ケールと海藻の青っぽさがヤングコーンの髭の青っぽさと合う。
●酸味
→揚げ物と相性の良いオランデーズソースを添える。エシャロットと白ワイン、白ワイン酢を煮詰めたレディクションをベースにしているので優しい酸味がある。水分の補填も出来る。
●アクセント
→旬の実山椒を刻んで上記のケールとアカモクのペーストに混ぜ込む。さわやかな痺れが良いアクセントになるのと青っぽい香りはやはり髭の風味と相性が良い。
これらを合わせ春巻きの皮で包み提供直前に揚げることでお客様はヤングコーンの髭を加熱したての最高の状態で食べることが出来る(僕はヤングコーンの髭贔屓なのでどうしても髭のことばかり考えてしまう)
これが①の例。こうしてようやくコースの中の一品が完成する訳だ。
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②どんな味にしたいかを先に決め、そのイメージに食材を当てはめていく
これは五味(甘味、旨味、酸味、苦味、塩味)のうちどの味をメインに持ってくるか?はたまたどれかに突出することなく五味のバランスが取れた料理を作りたいのか?要するに「どんな味にしたいのか」を先に考え、後から食材を当てはめていくパターン。
コース料理をやっていく上で全てを①のように考えていたら意図せず似た料理が多くなってしまう場合がある。食材ベースで考えていると「この食材がもっと引き立つように」が先行するので仕上がりの味の方向性を後から修正することが難しい。コースのバランスに合わせ途中で料理の軸を曲げてしまうのは「食材を生かす」という①の利点を無くしてしまう可能性があるからだ。
コースの流れを良くしようと思うと①以外の方法で意識的に別の味のものを作らねばならない。その時にこの②が役に立つ。
これは「五味のバランスが取れたフィンガーフード」というテーマを先に決めてから作った料理だ。結果として枇杷が主となる食材となっているが①と違い「枇杷を使おう!」から始まった料理ではない。あくまで「五味のバランスが取れたフィンガーフード」発進でたまたま枇杷を使った、というものだ。このフィンガーフードのベースの形が生まれた発想の流れはこう
五味のバランスが取れたフィンガーフードが作りたい
↓
一皿目なのでさわやかに果物を使ったものがよいな
↓
旬の枇杷をベースに考えてみよう
↓
枇杷はどんな味?
↓
甘味と優しい酸味
↓
枇杷に相性が良いことを前提に自分の引き出しから他の味(旨味、苦味、塩味)のパーツをざっくり決めてみよう
↓
・甘味→枇杷
・旨味→ラルド(豚の背脂の塩漬)、発酵バター
・酸味→枇杷、タマリンド(酸味のある豆科の果実)、浅煎りコーヒー
・苦味→浅煎りコーヒー
・塩味→マルドン(結晶の塩)、発酵バター
↓
フィンガーフードにしたいので味のパーツとは別に手で掴めるパーツが欲しい
↓
サクサクした食感のタルトや薄いパイ生地ようなものが良いのでは?
このような流れで料理の大まかなパーツが決まる。ここからは実際に何度も何度も組んでみてそれぞれのパーツのバランスを調整したり、足りないパーツがないか、逆に要らないパーツはないか?を熟考する。
この料理の場合上の流れの後に以下のような調整をした。
枇杷の果肉感、水分量が思ったより強くコクが足りなかったので枇杷をソテーして軽く水分を飛ばし香ばしさを。固茹で卵、エシャロット、セルフイユのサラダで若干のコクを追加。薄いパイ生地は薄くしても尚小さなフィンガーフードとしては分厚く、生地感が料理の邪魔をするためじゃがいもを使った薄く、香ばしく、少し塩気のある“より料理っぽい”タルト生地に変更。
この調整でようやくフィンガーフードとしての形が完成。
形は完成したがこの「五味のバランスが取れた料理」にはメリハリをつけるためのアクセントが足りない。それにボリュームも考えて一人三つ付けにしようと思っていたがそもそも同じものを三つ食べるのはつまらない。
そこでフィンガーフードという設定に着目し、ベースは同じでアクセントだけ変えたものを三つ出そう。と決めた。
アクセントは僕が様々な料理を作る上で良く使うパターンのものにし、それぞれどのような差が生まれるのかを楽しんでもらいたい。そう思い「塩味」「香り」「辛味」の3パターンにすることにした。
ⅰ 塩味→アンチョビとグリーンオリーブのペースト
ⅱ 香り→エストラゴン
ⅲ 辛味→ピマンデスプレット(バスク地方の唐辛子)
多くの要素が複雑に絡み合い絶妙なバランスを保っている三つの小さなフィンガーフード。ベースは同じでもどんなアクセントでメリハリを付けるかを変えるだけで料理の雰囲気はガラリと変わる。それを3口で楽しめる料理がこうやって完成した。これが②の例だ。
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③元となる料理があり、その要素を分解し再構築する
これはどこのレストランでも良くやっている。名前のついた古典料理や地方料理をベースに料理を組み立てる方法。新しい料理をゼロから生み出すのではなく既に完成された料理をより洗練されたものにリビルドするといったイメージ。間借りで出す料理は全てゼロから生み出したいという気持ちがあるので殆どやらない組み立て方。出張料理などでクラシックフレンチが好きなお客様に対して遊び心で出すことが多い。①②と比べ、ベースとして既に美味しいと約束されたものがあるため比較的難易度は低いと思う。
一見同系色にまとまっているので④の組み立て方にも見えるがこれは③で着想した後、色を揃えたため③に該当する。
この品は三つの料理がベースとなっている。
●ショーフロワ
フランス語でショーが温かい、フロワが冷たいという意味。ゼラチンを入れたクリームソースで火を通した鶏肉の表面をコーティングし冷やし固めた料理。フリカッセという鶏肉のクリーム煮を食べ残し、一晩経って見てみると鶏のゼラチン質がソースに溶け出し肉をコーティングする様に固まっていたのを発見したことから生まれた料理、という説がある。
●ガランティーヌ
骨を外し広げた鶏肉にファルス(詰め物)を詰め整形し直し火を入れた後、冷やして提供する料理。バロティーヌとの違いは諸説あるが冷たいものがガランティーヌ、温かいものをバロティーヌというのが一般的だと思う(僕は古書を読み漁った結果、温かいか冷たいかより整形後の形によって名前が変わると思っているがその話は長くなるのでまた今度)
●鳥わさ
さっと茹でて中は生の状態のささみをわさび醤油で食べるもの。居酒屋料理。
ではこれらの料理の要素をざっくり書き出してみる
◉ショーフロワ
・冷製料理
・ゼラチン入りのクリームソースでコーティングされてる
◉ガランティーヌ
・冷製料理
・鶏肉を使用
・筒状に整形されている
・ファルスが詰まっている
◉鳥わさ
・冷製料理
・鳥のささみを使用
・火通しは生
・醤油とわさびで食べる
なんとなく共通する部分も多い三つの料理。ここから、それぞれの要素で使えるところと使えないところを分ける。
◉ショーフロワ
・冷製料理→⚪︎
・ゼラチン入りのクリームソースでコーティングされてる→⚪︎
◉ガランティーヌ
・冷製料理→⚪︎
・鶏肉を使用→⚪︎
・筒状に整形されている→⚪︎
・ファルスが詰まっている→⚪︎
◉鳥わさ
・冷製料理→⚪︎
・鳥のささみを使用→△1
・火通しは生→×
・醤油とわさびで食べる→△2
⚪︎→共通点が多く一つの料理にまとめても良いと思う要素。
△1→相性が悪いわけではないがファルスを詰めるという点においてささみは扱いにくい。同じ理由で胸肉も難しいのでモモ肉が好ましい。
△2→相性は良いが醤油は味があからさまなので出来れば避けたい。ワサビこの料理のテーマにしたいのでそのまま使う。
×→鶏の生食はカンピロバクターによる食中毒の危険があるのでNG
以上を踏まえると
「鶏モモにファルスを詰めて作ったガランティーヌをゼラチン入りのクリームソースでコーティングし、わさびをアクセントに使った料理」にまとまるわけだ。
そこからは料理としての完成度を上げるための微調整。
ワサビは奥多摩で購入した香りの良いフレッシュのものを使用。「よりダイレクトにワサビを感じて欲しい」「すり下ろしのわさびは日本人にとって馴染み深い味になりすぎる」の二点からワサビは千切り。さらにわさびに似た風味のナスタチウムというハーブを使うことで“辛味”に奥行きを。料理の見た目からワサビを強く連想して欲しいのでクリームソースに青寄せ(青菜から抽出した緑の色素)を加え緑色のソースに。わさびをソースに混ぜ込まないのは“のぺ〜”と全体からワサビの味がするよりたまに食べるアクセントとして強い辛味があった方がメリハリがあって美味しいから。
といった具合に調整していき、写真のような料理が出来上がった。ショーフロワは作るのは大変だが組んでしまえば提供するのは比較的楽だしデザートのようなビジュアルが面白いので個人的にはとても好きな料理だ。これが③の例。
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④主となる色を先に決め同系色の食材でまとめる
個人的な趣味の話だが僕は服でも絵でも家具でも何でも基本的にカラフルなものより同系色にまとめたものの方が美しいと感じる傾向にある。そして都合の良いことに同系色の食材は相性の良いことが多い(もちろん例外はあるが)なのでテーマカラーを決めてから料理を組み立てることも稀にある。
テーマは“赤” にする。では色に合わせ食材を決めていく。今回は
・鰹
・ビーツ
・トマト
・イチゴ
・赤紫蘇
・タマリンド
・エシャロット
を使うことにした。アクセントはカカオニブと黒胡椒。実はこれ、結構お気に入りの組み合わせでサラダ仕立ての冷菜として出すことが多い。以下のように五味のバランスもとても良い。
甘味→トマト、イチゴ、ビーツ
旨味→鰹、トマト、タマリンド
酸味→赤紫蘇、タマリンド
苦味→カカオニブ、ビーツ
塩味→ヴィネグレット
それぞれの食材は別々に最適だと思う方法で調理する。鰹は軽く塩を打ちピチットシートで脱水した後直火で表面を香ばしく焼く。ビーツは皮ごとじっくりローストし甘みを引き出してからカットしてマリネ、トマトは皮ごと直火で炙り香ばしさを出しマリネ、イチゴは塩、胡椒、オリーブオイルで軽くマリネ。赤紫蘇はタマリンドと共に煮出し液体を緩めのジュレにしソース代わりに。
鰹の鉄分、ビーツの土っぽさは苦手な人もいるがフルーツの酸味や甘味、トマトの旨味が程よくマスキングしてくれるので食べやすくなる。
このような仕立てのサラダは別々のバットでマリネをするとまとまりの無いチグハグな味になりかねないのだがそれぞれ最適な処理を施した後にかけるマリネ用のヴィネグレットを統一してあげれば一体感が出てくる。
一緒にマリネしてしまうとそれぞれの味がぼんやり混ざり合いメリハリのない仕上がりになるから別々にしたい…でも皿としての統一感は欲しい…という時に便利な方法である。
今回は赤をテーマにしたが僕は緑をテーマに作ることが多い。青っぽさが重なり合う料理が好きで得意だからだ。黄色ベースで作ってもさわやかで夏っぽい良い料理ができる。(全然違うけど全部茶色いお弁当、美味しいよね)あと白とか黒をテーマにした料理はいつか作りたいとずっと思ってるが何度試してもなかなかうまくいかない。白と黒は「そういう料理ができたらカッコ良いな…」という邪な欲があるだけでなかなかこの④のパターンに当てはまらないのだ。良く試してみるのだが邪な気持ち(カッコイイの作りて〜)だけが先立った薄っぺらい料理になってしまうのでボツになることが多い。
以上が④の例。
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⑤直感
とびきり厄介なくせに意外と美味しいものが出来てしまうのが⑤だ。
トイレの中やベッドの上、散歩中などに突然ポンッと浮かんでくる料理のアイデア。
何が厄介ってどのパターンより面白く魅力的なものが浮かんだとしてもふとした思いつきが先行してしまっているため、その面白さには何の根拠もない(多分、料理を長くやってきた経験やすぐには思い出せない記憶など、何か思いつきのきっかけとなるものは頭のどこかにあるのだろうけど)ということだ。お客様に提供する料理へと昇格させるためにはそこに“根拠”をねじ込まねばならない。そもそも割とロジカルに発進してる他の4パターンとは厄介度がまるで違う。だがバチっとハマれば化ける…そんな組み立て方。
では最後の料理を解説していく。解説、というか僕の迷走記録みたいな感じだと思う。1番長いのが最後に来て申し訳ないがここまで来たら頑張って読んで欲しい。
今回突然思いついてしまったのは
「牧草で肉を燻したら旨いのでは!?」
というアイデア。
なんで突然牧草のことを思ったのか、いつどこで浮かんだのか、今ではさっぱり思い出せない。人生で牧草に触れる機会なんて無かったはずなのにどの引き出しから牧草が出てくるんだ…?何も分からないがその時「これだ!」と思ったことだけは覚えてる。
まずここから何をするかというと
牧草に毒性がないかを調べる。根本的なところからだ。人間に消化は出来ないだろうな、というのはもともと何となく分かっていたが燻した煙に毒があったらもうこのアイデアはポシャる。試すまでもない。
次に実際燻してどうなのか?
良い香りはつくのか?藁と違いがないならわざわざ牧草で燻す意味なんかないのではないか?意味がないことをしたら世の中に蔓延る面白さが先行した薄っぺらい料理と同じになってしまうぞ…
というかそもそも何の肉が合うのか…
突発的な思いつきをベースにした料理はとにかく分からないことだらけなのだ。自分が何を言ってるのか何をやりたいのか、自分でも分からん…分からんのでやってみるしかない。
何故かたまたま牧草を沢山所持している友人が
いたので連絡して分けてもらった(無事料理が完成して定番化してからもこの友人にずっと牧草を送ってもらってる。持つべきものは何故か牧草を所持する友人だ)
ここから未知の実験。
まずは「やっぱり牧草を実際に食べてる動物を牧草で燻すのが説得力があるな…」という思いから仔羊を燻すことにした。
塊で燻してカットするのと周りにしか香りがつかないのでは?
↓
薄くスライスして全体を燻そう
↓
薄く切っても美味しい調理法は何だろう?
↓
塩漬後スパイスと共に真空調理でハムのようにし、燻すときの熱でほんのり脂が溶けるような仕立てにしよう
このような流れで第一弾(牧草の試作が第一弾なだけでメイン料理の試作は既に5〜6種やっており全てボツ)の試作を開始。
生まれて初めての牧草で燻した肉、恐る恐る口にして驚いた。なんと美味しい。
一応これでもプロの料理人なわけで、大体のものは作る前から「まぁこんな味になるかな」という想像はつくのだがこれに関しては全くの未知だったので牧草で燻した肉が美味しいというだけで驚いてしまった。
そして藁で燻した肉とは明確な差があった。香りが“青い”のだ。藁で燻した肉にはスモーキーさが付くが牧草で燻した肉にはスモーキーさ+お茶っぽい青みがつく。新しい発見にニヤニヤが止まらなった。メインはすぐに完成すると思った。が、そこからが長かった。
その煙由来の強い青っぽさがどんなものと合わせても勝ってしまうのだ。全体に香りを付けたいという気持ちから薄くカットした肉だったが香りがつきすぎた。そして羊の脂と煙の香りは相性は良いがどちらもクセが強く後半食べるのがしんどくなってくる。
さらに「薄切り」という仕立てが話をややこしくさせる。当初の予定では網に薄切りの肉を乗せその上に薬味的な役割のパーツを盛り付け巻いて食べるか、薄切りの肉だけを網に乗せソースのようなタレのようなものを別皿で用意し付けて食べるかの二択だった。だが薄い肉をソースにつけて食べるという行為はあまりにも、こう…しゃぶしゃぶっぽさを連想させるというか…コースのメインとしては少しチープすぎるだろ…いやでも仕立てによるか?いやでも…………と思い巻く方向で考えることにした。
癖の少ない仔羊はどこかミネラル感を感じる…とされている。フランスのプレサレやオーストラリアのソルトブッシュラムなど、潮風の当たる場所の草を食べている羊は特にミネラル感がある…とされている。(本当に本当にそうか?本当にそんなにミネラル感を感じるか…?という気持ちは昔から若干ある)
肉と魚介というのは意外にも相性が良く、「牛と牡蠣とキャビア」「豚とムール貝」「鶏と甲殻類」など昔から良くある組み合わせは多い。最近では和牛と雲丹の組み合わせも良く見る(ふ〜んという気持ちで見ているが…)
ということで浅利の出汁を使ってみることにした。脂の旨味、貝の旨味、燻した香り…と少し強くてクドイものばかりだったので浅利の出汁にオレンジを入れ清涼感をプラスした。
食べた時の繋ぎというか、ソースっぽい役割を果たすピュレのようなものも欲しかったので牧草の青っぽい香りに合わせ旬の枝豆をピュレ状にした。枝豆を焼いてから潰すとピスタチオのような味になって美味しかったがこれが出来上がった時点で「美味しいけどこの料理には要らんだろ…」と思った。思ったがまぁ一応最後までやってみた。
“網の上で完結させねばならぬ”という自分で作った縛りにがっちり縛られてペーストは硬めに、アサリとオレンジの出汁は温かくても溶けないアガーを使ったシートになった。アクセントに馬告(レモングラスのような香りがする台湾のスパイス)を入れてみた。大好きなスパイスだ。羊とも燻製香とも絶対にあう。
不味くはない…でもボツだった。
そもそも浅利とオレンジの出汁も枝豆のペーストも本来のポテンシャルを発揮してない。なぜなら本来のポテンシャルを発揮できる濃度にしたら網から流れ落ち大惨事になるからだ。
僕は自分で作った謎の縛りで負のルーティンに入ってしまうことが多々ある。その度に「初心に帰れ…美味しいことが一番大事だ…手間暇かけて奇を衒って食材を無駄にするな…」と自分に言い聞かせる。
この“巻く”パターン、実はもっと迷走してるのをあと3種類くらいやってるのだが全部説明してたらもうキリがないのでこの辺で。
この負のルーティーンから抜け出すにはまず謎の“巻かねば!”という縛りをなくすことからだった。あと“牧草を食べてる動物の肉”というのも良くない縛りだ。その良くわからない説得力より美味しさが大事だから。
スライスはやめて塊でいこう、香りがつき過ぎるから。そして羊はやめよう。脂がしつこすぎるから。
これまでずいぶん長い期間、牧草以前から考えると10種類以上試作をしてきて頭も胃も痛くなり「僕ってこんなに料理下手くそだったか…?」とくる日もくる日も落ち込んでいたが「もっと純粋に美味しさのことだけを考えよう」と思うと気が楽になった。
まず羊を鴨に変えた。個人的に赤い(鉄分が多い)肉、香ばしさ、青っぽい香り、というのは相性が良いと思っており(例えば炭火でローストした牛肉とほうれん草のピュレ、香ばしく焼いた仔羊とパセリやミントなど)そのロジックでいうと他の肉と比べても特に鉄っぽい味の強い鴨肉は牧草の青みとも合う気がした。(厳密に言うとほうれん草やパセリやミントの青っぽさと牧草の青っぽさは別物だが…)
もう脂のしつこさに悩みたくなかったから鴨は皮目に切り込みを入れ脂をしっかり焼き切って丁寧にロースト。その後塊ごと牧草で燻した。正解だった。肉の周りにだけ付いた牧草の香りは塊の鴨ジューシーさとバランスが良くどちらもしつこく感じなかった。
ようやくスタートラインに立てた気がした。本当に長かった。あとはソースと付け合わせ。ソースに関しては前の浅利を引きずってたので貝の旨味は使いたかった。鴨とも相性が良い。だがメインのソースとしてはやはり貝の旨味だけでは心許ないので浅利の出汁とジュ・ド・ヴォライユ(鶏のジュースの意。ソースのベースとしてよく使うフォン・ド・ヴォライユ[鶏の出汁]とは違い単体でもソースとして成り立つ香ばしくキレのある液体)を合わせて使うことにした。間違いなく美味しい。が、現段階ではただの旨汁だ。
「初心に帰れ」のくだりで、純粋な美味しさを云々…という話をしたがここで大事なのは「美味しくなければならない」と「美味しければなんでも良い」は全く違うということ。
この旨汁でソースは完成、と言ってしまうとそれは僕の中で「美味しければなんでも良い」になってしまうのだ。我ながらめんどくさい人間だと思う。だからスタッフにも「これ以上どうしたら良いのですか…」と言う目で見られる。奇を衒いたいわけじゃない…面白いことをしたいわけじゃない…でも美味しいだけじゃ感動は生まれない…そんな葛藤の中にいつもいる。
ということで気を取り直してただの旨汁で終わらないソースを作りたい。
鴨に合うソースにしようと思った時、鴨の味と香りってどんな要素で構成されてる?と考える。鴨の味は先程書いた通り鉄分が強い。火を通しすぎるとレバーのような風味になってしまう。良い火入れ(何を“良い”とするかは好みや料理の仕立てによって変わるが…)の肉は癖のない味に仕上がる。香りはどうだろう?脂だ。羊もそうだが肉の香りは脂にある。羊や山羊などの独特な香りは食べている植物の葉緑素(クロロフィル)が反芻によって体内でフィトールという成分に変わりそれが脂に蓄積された香りだ。鴨の脂の香りが何由来なのかは調べてもなかなか分からない(知ってる人がいたら教えて欲しい。エサは穀物かとうもろこしじゃないかな)のだがとても甘い香りがする。当たり前だがフォワグラっぽい。その甘さに寄り添ったソースにしたい、と思いクコの実を使うことにした。クコの実の戻し汁と戻したクコの実半量を刻んだもの(もう半分は薬味として使う)をソースに入れて少し炊き香りを移す。鶏のジュと浅利だけだとキレ味が足りないのでしょっつるで塩分の調整をする。
うん、ちょっと納得できる感じになってきた。
仕上げに「トドメだ!」という気持ちで梔子(クチナシ)のオイルを垂らす。栗きんとんの色付けなどに使う梔子だが色より僕はその甘い香りが好きだ。クコの実とも相性が良い。梔子の香りを抽出したオイルを作り、ソースに混ぜ込むのではなく最後に垂らす。もう遥か昔のように感じる③のワサビの料理でも説明した通り、ソース全体からぼんやり“のぺ〜”と味がするより強調したい香りは分けておくほうがメリハリがついて良いと思う。
ソースに入れず半量取っておいたクコの実はディジョンマスタードと和えて皿の淵に添える。甘さに飽きてきた時にちょうど良いアクセントだ。
この時点でこの料理には正山小種(ラプサンスーチョン)という中国の紅茶を合わせようと決めていた。メイン以外の品全てにかなり気合の入ったノンアルカクテルのペアリングがあるのだが「メインで敢えて何もいじってない温かいお茶ってのもなんか……………格好良いんじゃない?」という邪な気持ち発信だったのだが料理が固まっていくにつれて本当にそれが正解な気がしてきたのだ。
癖のある薫香が牧草ともマッチする。独特な“正露丸臭”がクコの実や梔子ともいい感じ。
メインの付け合わせは肉やソース、というよりどちらかというと正山小種の方に寄り添って桃を使うことにした。勿論肉やソースとも合うが紅茶と桃の相性は抜群だ。じゃが芋のエクラゼ(茹でてフォークで潰したじゃが芋にエシャロットと粒マスタードを和えたもの)に桃とディルと馬告のタルタル、クレソンとハーブのサラダを添えて…完成だ…
長かった…こんなことがあったなぁと改めて思い返しながら書いてても「長…」と頭が痛くなってきた。こんな色々あって一つの料理が生まれてるんですよ!ってことを伝えたいわけではない。むしろ食べてくれる人達は知らなくて良いことだし目の前の美味しさと驚きだけを楽しんでくれたら良いと思う。
この文をこれから料理を志す人に是非読んでもらいたい!とも思わない。僕自身まだ料理の組み立て方は完全に定まってないし、これからどんどん変わっていくだろうし、そもそもこんなの読んだ時点で心が折れる気がするし…
どんな人に読んで欲しくてどういう風に感じて欲しい!みたいなメッセージ性はあんまりなく…ただ「どうやったらこんな組み合わせが思いつくんですか…?」という質問やお客様の表情から「美味しかったです!私にはこんなこと思いつきません!」って言葉が伝わってきて、それが本当に単純に嬉しくて「料理人冥利に尽きるなぁ」と思って、それで今たまたま時間がたんまりあったから質問に答えようと思っただけ。そしてこうやって解説することで自分の考えを整理し次の新しい料理へつなげられたら良いなと思ってるだけ。今の時点で「料理の組み立て方」というテーマについて明確に書けるだけのものは僕の中にはまだない。だからこれといって伝えたいこととかはない。探していきたいけど一生見つからないと思うしまぁそれで良いかなって思う。次に同じようなnoteを書くときは組み立て方が⑩まであるかもしれない。
引き出しは多ければ多いほど楽しい。作り手が楽しければきっと食べ手も楽しい。僕は「この人楽しんでるな〜!」と分かるシェフの料理やお菓子を食べるのが好きだ。そういうシェフの作ったものからはその人がどんな風に日々を過ごしてるのか、何を考えてるのかが透けて見える時がある(気がする)
今の時代、どこでどんなものを食べても大体美味しい。美味しくないお店を探す方が大変だ。そんな中わざわざ行きたいのはどんなお店だろう?と考えると自然と自分の目指したいお店の形も分かってくる。
だから僕は僕が楽しむことをやめないでいようと思う。もっとこうしたらお客様から良いと思われるのではないか?が先ではなく、僕の思う“良い”が先に来るようにしたい。食べに来てくれる人のことを蔑ろにしている訳ではなく、それが僕の料理を楽しみに来てくれる人達への1番の誠意だと思うから。
枯朽 h.b.
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