富源高砂

基隆と台北を見ただけで、まだ台湾の全体について言うことは出来ないが、
悪港基隆がこんにちのような良港となり、
台北市街が内地でもなかなか見ることが出来ないような堂々たる文明国式の偉観を呈するようになっているだけでも、
日本の植民に対して腕前を有していることが首肯される。
無論そのためには多くの資本が注がれたに違いない。
基隆の築港費だけでも、初めのうちは約一千万圓、
明治45年度から大正15年度までの継続事業に一千五百万圓を投じ続けているほどであるから、
その他の施設経営にずいぶん巨大な国帑《国家予算》を要したとはいうものの、
台湾の経済的価値は農産に畜産に林産に水産、
中でも製塩に茶に砂糖に樟脳およびその他の副製品など、
その他石炭もあれば石油もあって、
製糖などはもはや増産の余地無しというところまで手を尽くされ、
日糖では南洋へ指を染めることにしている。
しかし昨日専売局で聴けば、
樟脳の原料の樟は次から次へと補植するから、
製脳は永久に継続することが出来るらしい。
台湾はこれ以上の生産力を持たないという議論も出ているが、
おそらくそんな事はあるまい。
現に最近ロサンゼルスの地下一面が石油の海であることが発見された例もあるから、
どこからか何かを得られるかも知れないと私は思う。
台湾は一万尺以上の中央山脈が北から南に縦貫しているため、
東西に両断されて交通は不便を極め、
現在、西斜面は開発されているけれども、
東斜面は全然放置されている。
内地の北陸地方が横断交通の必要を感じているように、
台湾の両斜面連絡は経済的福音をもたらす鍵であって、
東台湾は必ず大いに何かを与えるであろう。
北陸地方を引き合いにだしたついでに、
今一つ台湾の着眼点は北陸と同じく水力の利用である。
なんとなれば台湾の河川は急斜面の地から平野に出てくるため、
出水ごとに惨害が与えられないことはなく、
今私のいる台北は今夏両回まで洪水に禍され、
人畜の死傷、家屋の流失すら生じた。
旅館の主人は三十年来台北に居住して、
洪水は十分経験があるけれども今年のように長い間雨と出水に苦しめられたことは無い、
内地の雨がことごとく台湾に来たのであろうと言っている。
そのため水害予防を主とした河川の護岸工事は総督府の一大事業で莫大な工費を投じているらしい。
しかし他の半面において台湾の河川は、
この狂奔急湍を利用して水電を起こすのに多大な便益がある。
島内諸工業の原動力として遺憾なく水力を利用し、
これを農業にまでも及ぼし、欧州の例に倣い、
稲刈り、精米、粉挽き、搾油などをも一切水力を取り入れれば大変なものであろうから、
これは誰かが既に計画しているであろう、
日々旅行の日程を重ねるうちにその辺の情報を耳に出来ることと信じる。
前にどこから何が出るか知れないといったが、
現に基隆の公会堂に枝珊瑚の大きなのが四つ五つ陳列されていたので、
澎湖あたりに出るのかと思ったら基隆北方海(アジンゴートのあたりらしい)においてつい最近発見されたもので、
方法如何によっては、
今後盛んに良品が採取されるに相違無い。
海に秘密があり、山にも秘密があり、地下にも秘密があるから、
科学の力は大いにこの富源台湾に対して活用されなければならないと思う。
昨夜、東薈芳というところにおいて阿里山および新高山の活動写真を一覧したが、
阿里山の深林などは、
原始林黒部の礼讃者たる私は是非踏査したいところで、
探検隊が吊り橋を進んで行くところを見たら遊意勃発し、
役人にいろいろ聴き合わせてみたが、
阿里山鉄道へは乗せてくれないことはないだろうと思っているけれども、
それから奥の跋渉が大抵じゃないとの談であった。
ここには昨晩台湾三大新聞社の招待で支那料理を饗応され、
支那音楽を芸者の絶叫に脳をわるくした東薈芳の料理振りを御覧に入れて置く。
(大正13年10月13日、台北にて)

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