![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54406674/rectangle_large_type_2_e9d5cf90f2b76e6840187c406a6b4947.jpg?width=1200)
硬券0015 両島運輸
創立のいきさつなど、あまり詳しくないのですが・・・
昭和10年に、苫前両島定期航路株式会社が創立し、苫前-羽幌-手売-焼尻航路が就航します。
昭和17年に、両島運輸に社名変更されます。
昭和44年に苫前航路がなくなり、羽幌港基地となり天羽丸が就航します。
平成元年に、 フェリー「おろろん」が就航。
平成3年に、高速船「さんらいなぁ」就航。
平成4年に、羽幌沿海フェリー㈱に社名変更します。
便は減っていますが、定期船は運航されています。
硬券では、両島運輸の時代の券で終了したのか、羽幌沿海フェリーになってからの名義の硬券は見かけていません。
当方が見ていないだけかも知れませんが・・・。
![213両島1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54406735/picture_pc_6d3faafef4065440807d1e9c6f16abcc.jpg?width=1200)
もちろん両島運輸時代のもので、西の果ての天売(てうり)島への切符です。まあ普通のものです。
![213両島2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54406753/picture_pc_74b5d3f4e27ced32aef0cb36c2e32246.jpg?width=1200)
これは社名が変わる硬券末期頃になるのでしょうか。焼尻(やぎしり)島へのもの。
焼尻は天売よりも北海道本土側の島になります。
こういうものも
![213両島3](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54406777/picture_pc_d072982df90888087ec3bedcf21116c7.jpg?width=1200)
![213両島4](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54406793/picture_pc_1cdd228d0e8b779e2817ef96939599d0.jpg?width=1200)
これら団体券は、発行港違いか何だったか?で3色あったと思います(あと淡赤か?)。
国鉄連絡運輸も羽幌駅を接続駅として行われていました。
![213両島5](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54406815/picture_pc_4030ac53032c4383d17b3f65098e659f.jpg?width=1200)
しかし、この券は結構廃札多くて、よく見るので珍しくはありませんね。
焼尻港のものも見ますが、小児用ばかり見かけるような気がします。
いつ頃まで使っていたものなのか、焼けているものばかり見ます。
あまり出ないものとしては
![213両島6](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54406831/picture_pc_f13dc454e6e6850dd769387a73ba226a.jpg?width=1200)
希少価値としては、やはりこういった常備券ですね。
あとは、気になるのは苫前航路時代の券です。
![213両島8](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54406861/picture_pc_9ce429e691d98ad138aa17c556bf1196.jpg?width=1200)
なぜか国鉄地紋、苫前での国鉄への接続というのはあったのでしょうか?
![213両島9](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54406877/picture_pc_a3d61ca8eaf8959bab2dc42eca0ba6ee.jpg?width=1200)
1等のこくてつ地紋、綺麗な状態で残ってくれていました。
![213両島7](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54406892/picture_pc_ca897d6ba35cba1acb9d02aefd00aad7.jpg?width=1200)
羽幌発着に切り換わったのが昭和44年で、切り換えの一時期、苫前~羽幌寄港で両島へ向かう便があったようですが・・・
元々苫前郡という地域になるのですが、町制では昭和34年に両島(村)が羽幌町に編入され、段々そういう雰囲気・流れに動いていったのでしょう。
昭和43年ではまだ羽幌寄港もなく両島に向かっていましたが、S45年の時刻表では、もう切り換って苫前からの就航はなくなっています。
苫前の時代の券には発着地の表記に「港」が付けられましたが、いつしか羽幌時代の券から消えています。
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