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硬券0014 千曲バス

大正8年、佐久自動車商会を継承する形で、小池氏が昭和元年に小池自動車として創業します。
昭和12年千曲自動車に改称します。この称号は昭和57年までの正式名称で、切符など「千曲バス」としていても正式に称号変更して千曲バスとなるのは結構後のことでありました。

昭和15年に 周囲の乗合自動車業者を、昭和16年には佐久自動車を、また昭和18年には上田丸子電鉄のバス部門等をそれぞれ統合。これにより当分の間は長野県東信地区唯一の乗合バス業者となっていました。

昭和63年、経営悪化改善のため、グリーンキャブ(東京のタクシー会社)の傘下に入りました。

さて切符ですが、結構券種もありそうなのですが、当会にはたいしてありません~。

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昭和45年 B型硬券 赤JPRしてつ地紋 金額式 野沢
069千曲2
昭和46年 B型硬券 赤JPRしてつ地紋 金額式 望月

こういう金額式が、バスのものに関しては実は好きでして、それぞれの営業所の存在を強調する入場券的要素をもっていて、そういう見方では良いのです。

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昭和39年 B型硬券 赤JPRしてつ地紋 矢印式

これは小諸からのものですが、国鉄に沿っている区間ですね。

社バス内の硬券としては、他の様式もみられます。
小児専用を見ていないような気がするのですが、そのうち見るのでしょうね。

国鉄連絡運輸もいつからか行われまして、上田~奥鹿教湯の温泉街方面のバス路線で、温泉街中心の「鹿教湯温泉」をバス駅として国鉄との連絡切符を扱っていました。

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昭和55年 A型硬券 青JPRしてつ地紋 一般式 鹿教湯温泉

やはり国鉄連絡運輸の硬券となると貫録を感じます。

しかし、「鹿が教える湯」で「かけゆ」とは、いい名です。

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