記事タイトル、ノータイトル
『平穏』
変わったこともなく、おだやかなこと。また、そのさま。
1月2月3月は、行く逃げる去る と言われるようにほんとに過ぎるのが早くて驚いてます。
もう1月が終わりなのか。
心が落ち着いてると書き殴ることはないみたい。
自分の中で言葉で纏めること=感情の整理 らしい。
落ち着いている要因はハッキリしていて
1つ目は推しメンとお話し出来たこと。
最後にお話しした4月。画面越しとはいえ9ヶ月ぶりに対面出来ました。「おかえり」「ただいま」って何気ない会話を1対1で出来た。緊張して心臓が飛び出そうになる感じも握手会のレーンに並んでたあの時と同じ気持ち。
温かい気持ちに包まれた。
前回「お互い元気でいましょうね」って言われた言葉を回収するように言われた「元気そうで良かった」
あなたが居れば、笑ってくれればそれだけでこちらは幸せって臭い言葉もなんの抵抗もなく息を吐くように出てくる。
ここまでの文章を書き残して下書きに入れていたのが多分1月後半。きっと今まで当たり前だったこの幸せが再び続いていくものだと思ってた。
2月。『不穏』
形勢・世相などがおだやかでないこと。険悪。
いや、"不穏の予兆"というべきか。
あまり仕事のこと書きたくないのですが記録として残しておこうかな。
結論から言うと職場でクラスターが発生しました。
ライブに行けないどころか自宅に帰ることすらできなくなりました。幸いにも陰性だったのですが良いのか悪いのかお陰様で毎日激務で。定時も残業も休憩の概念もないような毎日。今思い返せば意外と早くて長かった日々。それが2月半ばから後半。
テレビのニュースで報道されているようなことが目の前で起きていて、なんならもっと過酷な状況が続いてて終わりの見えない真っ暗なトンネルに光なんてなくて。
何をするのにも先が見えないってこんなに心が疲弊すると思わなかった。例えば退職するにも辞める日がある。この日まで頑張ればって目処が立っているしその日までペース配分することもできる。気休めに美味しいご飯を食べたりお酒を飲んでリフレッシュすることができる。
全部できなかった。
外食はもちろんコンビニやスーパーに行くことですら気を使ったしお酒を飲めば理性が壊れることがわかってたので我慢してた。
本当に絶対口にしちゃいけないってわかってる罹った方がよっぽど楽って何回も喉元まで声が出ました。そんな自分も嫌になったなあ。
そんな2月。推しメンのソロコンのお陰で生きることが出来ました。大袈裟じゃなくて久しぶりに肺にいっぱい空気を入れることができた。呼吸することがこんなに気持ち良いと思わなかった。
自宅に帰って気付いた身近な幸せ
・洗濯が柔軟剤のいい匂いがする
・1人だとお腹空かない
・温かい食べ物を食べると元気が出る
・行ってきます、ただいまって言える相手が居ること
大丈夫だなあ。このたくさんのあたりまえたち。
とここまで書いていて3月が終わろうとしています。
なんとなくまた文章に触れたくなった。そんな気分
一旦ここで締め。また続きは今度でいいや
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