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司法試験予備試験 商法 令和2年度

問 題

1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、飲食店の経営、飲食店の経営を行う会社の株式を保有することにより当該会社の事業活動を支配・管理すること等を目的とする会社であり、種類株式発行会社ではない。甲社の発行済株式の総数は1000株であり、そのうち、創業者であるAが400株を、Aの息子であるBが300株を、Aの娘であるCが300株を、それぞれ保有していた。甲社の取締役はAのみであり、監査役は置いていない。
2.甲社は、Aが店長兼料理長となっている日本料理店を営むとともに、いずれも飲食店の経営等を目的とする乙株式会社(以下「乙社」という。)と丙株式会社(以下「丙社」という。)の発行済株式の全てを保有していた。乙社の取締役はBのみであり、乙社はBが店長兼料理長となっているフランス料理レストラン(以下「レストラン乙」という。)を営んでいる。丙社の取締役はCのみであり、丙社はCが店長兼料理長となっているイタリア料理レストラン(以下「レストラン丙」という。)を営んでいる。甲社における乙社及び丙社の株式の帳簿価額は、それぞれ3000万円であった。
 ここ数年、甲社の貸借対照表上の総資産額は1億円前後で推移しており、令和2年6月10日に確定した令和元年4月1日から令和2年3月31日までの事業年度に係る貸借対照表上の総資産額も1億円であった。甲社は、令和2年4月1日以降、下記6の合意までの間に、資本金、準備金及び剰余金の額に影響を与える行為や自己株式の取得を行っておらず、他社との間で吸収合併や吸収分割、事業の譲受けも行っていない。また、甲社は、これまでに新株予約権を発行したこともない。
3.Bは、個人として、200本以上に及ぶワインのコレクションを有していたが、収納スペースの問題もあり、コレクションの入替えを円滑に行うために、その半数程度を処分することを検討していた。ちょうどその頃、レストラン乙の改装が行われており、ワインセラーのスペースにも余裕ができることとなるため、Bは、自己のワインコレクションから100本を選んで乙社に買い取らせることとした。そのためにBが選んだワイン100本(以下「本件ワイン」という。)の市場価格は総額150万円であり、レストラン乙での提供価格は総額300万円程度となることが見込まれた。
4.Bは、乙社による本件ワインの買取りにつき、父であり、甲社の代表者でもあるAには話をしておいた方がいいだろうと考え、令和2年6月23日、Aの自宅を訪れた。Bは、Aに対し、本件ワインのリストと市場価格を示しつつ、本件ワインをレストラン乙で提供するならば総額で300万円程度になる旨を述べた。これに対して、Aは、「それならば300万円で、乙社が買い取ることにすればいいよ。」と述べた。
令和2年6月25日、乙社は、Bから本件ワインを300万円で買い取った(以下「本件買取り」という。)。
5.令和2年7月1日、Aと共に改装後のレストラン乙を訪れたCは、そのワインセラーをのぞいたことをきっかけとして、本件買取りが行われたことを初めて知った。本件ワインの買取価格を聞いたCは、「さすがに高過ぎるんじゃないか。」と不満を述べたが、Aは、「改装祝いを兼ねているし。」と述べ、Bも、「おやじが決めたんだから、お前は黙っていろよ。」と言って取り合わなかった。それまでもAがBばかりを支援することに不満を募らせていたCは、大いに憤った。

[設問1]

Cは、甲社の株主として、本件買取りに関するBの乙社に対する損害賠償責任とAの甲社に対する損害賠償責任を追及したいと考えている。B及びAの会社法上の損害賠償責任の有無とそれぞれの責任をCが追及する方法について、論じなさい。

6.本件買取りをきっかけとして、A及びBとたもとを分かつ決心をしたCは、甲社から独立してレストラン丙を経営したいと考え、Aと交渉を行った。その結果、令和2年8月12日、Cが保有する甲社株式を甲社に譲渡するのと引換えに、甲社が保有する丙社株式をCに譲渡する旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立した。

[設問2]
本件合意の内容を実現させるために甲社及び丙社において会社法上必要となる手続について、説明しなさい。なお、令和2年8月12日現在の甲社の分配可能額は5000万円であり、その後、分配可能額に変動をもたらす事象は生じていない。

関連条文

会社法
107条1項1号(第2編 株式会社 第2章 株式 1節 総則):
    株式の内容についての特別の定め
136条(第2編 株式会社 第2章 株式 3節 株式の譲渡等):
 株主からの承認の請求
139条1,2項(第2編 株式会社 第2章 株式 3節 株式の譲渡等):
 譲渡等の承認の決定等
156条1項(2編 株式会社 第2章 株式 4節 株式会社による自己の株式の取得):
 株式の取得に関する事項の決定
160条1-3項(2編 株式会社 第2章 株式 4節 株式会社による自己の株式の取得):特定の株主からの取得
295条2項(2編 株式会社 4章 機関 1節 株主総会及び種類株主総会等):
 株主総会の権限 
309条2項2,11号(2編 株式会社 4章 機関 1節 株主総会及び種類株主総会等):
 株主総会の決議
327条1項1号(2編 株式会社 4章 機関 2節 株主総会以外の機関の設置):
 取締役会等の設置義務等
330条(2編 株式会社 4章 機関 3節 役員及び会計監査人の選任及び解任):
 株式会社と役員等との関係
355条(2編 株式会社 4章 機関 4節 取締役):忠実義務
356条1項2号(2編 株式会社 4章 機関 4節 取締役):
 競業及び利益相反取引の制限
362条2項2,3号(2編 株式会社 4章 機関 5節 取締役会):
 取締役会の権限等
423条1,3項(第2編 株式会社 第4章 機関 11節 役員等の損害賠償責任) :
 役員等の株式会社に対する損害賠償責任
424条(第2編 株式会社 第4章 機関 11節 役員等の損害賠償責任) :
 株式会社に対する損害賠償責任の免除
428条1項(第2編 株式会社 第4章 機関 11節 役員等の損害賠償責任) :
 取締役が自己のためにした取引に関する特則
461条1項3号(2編 株式会社 5章 計算等 6節 剰余金の配当等に関する責任):
 配当等の制限
467条1項2号の2柱書(第2編 株式会社 第7章 事業の譲渡等):
 事業譲渡等の承認等
469条3項,4項2号(第2編 株式会社 第7章 事業の譲渡等):
 反対株主の株式買取請求
847条1,3項(7編 雑則 2章 訴訟 2節 株式会社における責任追及等の訴え):
 株主による責任追及等の訴え
847条の3 1,6,10項(第7編 雑則 第2章 訴訟):
    最終完全親会社等の株主による特定責任追及等の訴え
会社法施行規則
28条柱書(2編 株式会社 2章 株式 3節 株式会社による自己の株式の取得):
 特定の株主から自己の株式を取得する際の通知時期
民法
644条(第3編 債権 2章 契約 10節 委任):受任者の注意義務

一言で何の問題か

設問1 乙社・甲社取締役の損害賠償責任とその追及方法
設問2 自己株式取得と子会社株式譲渡の法的手続き

つまづき・見落としポイント

設問2について俯瞰的・具体的に考える(目次から関連条文を見つけても何も解決しない)

答案の筋

設問1
取締役Bが、乙社との利益相反取引で損害を発生させたが、一人株主である甲社の代表取締役Aが承認していた。その結果、BとAは423条1項に基づく損害賠償責任を負う。Bは乙社の買取り価格が市場価格より高額であったため、乙社に対して150万円の損害を生じさせた。一方、Aは子会社乙社の不公正な取引を止めず、むしろ助長したため、甲社にも乙社株式の価値低下に伴う損害を生じさせた。この損害賠償責任追及の方法として、CはBの乙社に対する損害賠償責任については多重代表訴訟を、Aの甲社に対する損害賠償責任については株主代表訴訟を提起することが可能である。

設問2
甲社は、特定株主Cとの合意に基づき自己株式を有償取得し、丙社株式をCに譲渡する手続きを必要とする。甲社の自己株式取得は株主総会の特別決議と通知が必要であり、丙社株式の譲渡は株主への特別決議及び譲渡通知が求められる。一方、丙社はCのみが取締役であり、非公開会社とされるため、甲社からCへの丙社株式譲渡は譲渡制限株式の譲渡とされるが、丙社の承認は不要と解釈される。これらの手続きは甲社の財源規制違反にも該当しない。

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