新型コロナはアンゴルモアの大王ではなかった

東京でも緊急事態宣言が解除されてしまった。

僕はとても失望している。
こんなもんなのか新型コロナ。
もっとやってくれると思ってたのに。
半年足らずでマスクとソーシャルディスタンスとアマビエに敗れてすごすごと退散するのか？
COVID-19とかいういかしたコードネームは伊達なのか？
なあ新型コロナ？

こんなこと書くと不謹慎かもしれない。でもさあ、同様に感じている人も多いんじゃないですか。コロナが頑張ってくれて全部ぶっ壊れればクソみてーな現実＜イマ＞よりよほどマシな新しい明日が来たかもしれない、アウトドア派の陽キャにはもっと苦しんでほしいし金持ちの老人がたくさん死んでくれれば高齢化問題も解決するし、いや違うな、そういう事じゃない、とにかく僕たちは全部壊してほしかった、違いますか？

僕は1980年代初頭にこの世に生を受けて、だから多感な青春時代をバブル崩壊の余韻の中で過ごした。阪神淡路大震災がありサリン事件があり、しかしもちろんそれとは関係なく世界はそもそも膨大なクソと一握りのマシなことでできており、まともな未来が存在するという予感を僕たちは持ち合わせなかった。

十代のころ、僕の未来予想図には20代後半以降が存在していなかった。頭の中には以下のような尻切れトンボブーメラン型の模式図が常駐していた。

でもそれでよかったんです。自分が25歳になった時のことなんてどうでもよかった。だってノストラダムスの予言通りなら1999年7の月、アンゴルモアの大王が降ってきて、それは巨大隕石か核戦争かもっと他の何かかわからないけれどとにかく人間界をぶっ壊してくれるはずだったのだから。どうせそこですべて終わるんだから。

予言なんて気にかけない人もいた。冷笑的な態度であからさまに否定する人もいた。でも僕たちは心待ちにしていた。祈りのような期待を胸に飼っていた。そうですよね？　そして梯子は外された。大王は来なかった。

僕は途方にくれたものです――どうやら近い将来、本当に空っぽの未来が押し寄せてくるらしい、折り返し地点の先にもよくわからないもやもやした途方もない時間が続いていくらしい――。

受け入れることができないまま月日は流れた。一縷の望みをかけた2000年問題や同時多発テロも仕事をしてはくれなった。いったい世界はいつ壊れるんだろう。ふわふわした頭でそんなことを考えながら過ごすうちにも、未来予想図の残りはもちろん減っていった。その先は無なのに。

そうして僕たちは氷河期直撃世代の末席として社会に出た。多くのことはうまくいかなかった。背を押されるので見えない道を歩いた。ないはずの未来を進んでいた。

希望がないわけではななかった。

リーマンショックでは会社が潰れたし、東日本大震災では故郷が津波に浸されストロンチウムの雨が降った。けどそこまでだった。結局世界は壊れなかった。

一方で、予想図の通りもやに包まれていた自分の足元が少しずつ、注意を向けなければ気づかないような穏やかさでしかし確実に、絶望に近い形へ変貌していくのを感じ取っていた。いや違うかもしれない、変貌したのではなくて最初からそうだったのかもしれない。

いずれにしてもそんな場所を歩きたくはなかった。歩くはずでもなかったのだ。こんな予定ではなかった。1999年にアンゴルモアの大王が訪れて全てを壊してくれればこんな寒々とした場所は存在しなかったのに……。

そうして2020年、新型コロナがやってきた。

初めのころ彼は頼りなく見えた。何なら野生のコウモリの肉を食ったやつが奇病にかかったみたいに言われていた。しかしそこからの飛躍には目を見張った。

都市が封鎖され、それでも世界中に飛び火して狂乱を巻き起こし、医療は崩壊し、老人たちを殺し、人々の生活を根底からひっくり返して見せた。東京にも緊急事態宣言が出された。こんなことは人生初だ。

僕らは何度も裏切られてきた。だから安易に彼に期待することはできなかった。しかしそれでも、日に日に増える各種の数値と生活への影響を目の当たりにしているとどうしたってそこに希望を見てしまう。祈ってしまう。

新型コロナ。なあ、お前なのか？　お前が、僕たちがかつて信じたアンゴルモアの大王なのか？　そうなのか？　本当に期待してもいいのかよ？　壊してほしかった。ずっと、全部壊してほしかった。お前を待っていたんだよ。この本来存在しないはずの世界をどうにかしてくれ。信じ切れるかわからないけど信じてみるよ、壊してくれ、全部壊してくれ新型コロナ……。

だから僕はとても失望している。
こんなもんなのか新型コロナ。
もっとやってくれると思ってたのに。
半年足らずでマスクとソーシャルディスタンスとアマビエに敗れてすごすごと退散するのか？
COVID-19とかいういかしたコードネームは伊達なのか？
なあ新型コロナ？