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もうすぐ生まれるCosy Kojiと、旅立ついのち

もうすぐ、Cosy Koji がうまれる。

わお。たまたまだけど、ちょうど印刷と製本するのも孕んでから十月十日だ笑

ずっとずっと、協奏音が響きあって高まっていくような時間だったけど、今ここにきて、静かなドラムサウンドだけがゆっくり鳴っているような感覚。満を持したカウントダウン。有言実行。ついに概念がひとつの形をとる。

今年は、わたしも含め仲間に本当に色んなことが起きた。この秋は特に、本の製作がピークに達すると同時に、家族友人、さまざまな繋がりに大きな動きがあった。

どうしてあげることも、何の力にもなれない、と嘆きたくなるけど、そんな時でもみんな笑顔で、励ましあったり、弱さを見せ合ったり、心を通わせながら前に進むことを諦めない。

この、いのち。
毎日が、こんなにかけがえがなく、奇跡であること。
今年も、たくさんの魂が旅をして、慣れ親しんだ声や、身体に、触れることができなくなる。
その温度、匂い、息づかい、肌の感触、すべて旅立ったその日からはもう直接は感じることはできなくなって、わたしたちはそれを失った、と思うのかもしれない。
近くにいても。遠くにいても。
また会えても。会えなくても。
身体はどこにあっても、魂の距離を繋ぐのは心だ。声を聴くのも、景色を一緒に思い浮かべるのも。

「なんとかなるさ」という言葉は、行動を起こす努力がある前提で初めて意味を成す。それを肝において、言葉は常に行動を伴う表現方法として選択してきた。間違ってなかったと思う。

走ると、呼吸が整う。行動すると、何より自分を信頼できる。

これでよかったんだって、分かる。

苦しい時に諸行無常論を振りかざすのではなく。間違っていても心を通わせることを選びたい。

せっかく人間の器に生まれたのだから。

さて人間らしく。


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