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2022年に発表されたミュージック・ビデオを振り返る -国内外面白かったMV10選-

はじめに

1981年にMTVが開局し、ミュージックビデオという表現が広がり始めてからはや40年以上が過ぎた。
現代においてポップ・ミュージックと映像表現、そして動画プラットフォームはそれぞれが不可分な関係性を築いてるにも関わらず、音楽や映画に比べてミュージックビデオそれ自体が語られる機会はあまり多くは無い。

2009年に世界最大のプレミアム音楽動画プロバイダであるVEVOがユニバーサル、ソニー、EMIの合併事業会社として発足されて以来、プロモーションと広告料収入を目的とした、オフィシャルな動画公開がYouTube上で行われる機会が爆発的に増加した。

また、世界最大の音楽ストリームサービスであるSpotifyの世界のユーザー数は2022年時点で4億5,600万人。対して、YouTubeの世界のユーザー数は約26億人と言われている。
そもそも別業種のプラットフォームを比較すること自体がナンセンスな行為であることは百も承知だが、その上でこれほど動画メディアが普及した現代において、「音楽リスナー」と「動画ユーザー」の区分は本当に必要なのだろうか、という疑問が浮かぶ。

さて、前置きが長くなったが、一言で言えばMVという文化について今年考えたことを書き残しておこうと思っただけである。
そこでまずは2022年に起きたMVの大枠のトレンドをまとめ、その後に今年発表されたMVを10本ほど具体的に紹介していくことにしたい。

AI技術と変形画面サイズ

2022年の映像トレンドとしてまず外せないのがAI技術の台頭だろう。
OpenAI社が今年7月に画像生成AIのDALL·E 2を一般向けに公開、さらにtext-to-imageモデルのStable Diffusionがオープンソース化してからというもの、AIによる画像生成技術は急速に広まった。

そしてAIの画像生成はその精度だけでなく、人間の手では作り得ない、独特の美観を生み出したことも特筆すべきだろう。
例えば、画像をインプットすると、指示した画風に自動変換するimage to image技術。Kiki Rockwellの奇妙な七変化MV、"Madeline"はこの技術を駆使し製作されている。

他にも伝言ゲームの如く、連続したイメージをAIに生成させ続け、ドラッギーな映像を生み出すテクニックも存在する。LORNのダークSF風の"ENTROPYYY"や、どことなくジブリを思い出させるDIE ANTWOORDの“AGE OF ILLUSION"はそのテクニックを使用した典型的な作品だろう。

画像生成AI以外にも、深層学習を応用したディープフェイクと呼ばれる動画の中の人の顔などの一部を入れ替える技術はKendrick Lamar - "The Heart Part 5"に使用され、技術とコンセプトが見事に調和した映像は大きな話題を呼んだ。


また、変形画面サイズの使用も今年のトレンドとして挙げられるだろう。

HDTVの国際標準フォーマットである16:9の映像比率は多くのMVの撮影フォーマットとして起用されてきたが、今年はそれ以外の変形画面サイズ、特に4:3サイズのMVが増加傾向にあったように思う。
もちろん変形サイズMVはここ数年の流行ではあるものの、特に今年は転換点と言えそうだ。

例えばGrammy Award for Best Music Videoのノミネート作品を見てみよう。2017年~2021年は平均して5~6作品がノミネートされ、そのうち変形サイズの映像は半分以下の2、3作品ほど。また、変形サイズの内訳も横長のシネスコサイズを採用したものが多くを占め、俗に「縦長」と言われる4:3サイズは確認した限りだと2017年のJay Z – "The Story of O.J.”、2021年のOlivia Rodrigo – "Good 4 U” の2作品のみだった。


また、"The Story of O.J.”は1930年代のフライシャースタジオを思わせる白黒カートゥーンアニメ、 "Good 4 U”は80’sのビデオテープ風の映像である。
4:3のサイズはアナログテレビと同じ比率であるため、この比率を採用するということは、MV全体をレトロスペクティブ志向で作成することとほぼ同義だった、と言う訳だ。

対して2022年度のノミネート作品の画面サイズは以下の通り。見てもらうと分かる通りなんと16:9サイズの映像が一つもノミネートされていないのである。

・Adele – "Easy on Me” - シネマスコープサイズ
・BTS – Yet to Come” - シネマスコープサイズ
・Doja Cat - "Woman"  - 2.4:1サイズ(ワイドスクリーン)
・Kendrick Lamar - "The Heart Part 5” - 3:2サイズ
・Harry Styles - "As It Was” - 4:3サイズ
・Taylor Swift – All Too Well: The Short Film - 4:3サイズ

また、4:3サイズを使用した"As It Was”と"All Too Well: The Short Film"だが、両作品とも映像テーマとして特にレトロスペクティブを志向しているわけではない点も面白い。(ちなみにAll Too Well: The Short FilmはTaylor Swift本人が監督、脚本を手掛けている)


ここにおいて画面サイズ比はバイアスに捉われず映像にあわせ自由に設定されていることがわかる。スマートフォンによるMV視聴率が年々高くなるなか、わざわざHDTVのフォーマットに合わせるという意識が減ってきているのかもしれない。

また、今年は4:3サイズの映像をHip Hopのアーティストが多く採用していた。
思い出せるものでもDrake and 21 Savage - "Rich Flex Her Loss Recap"やKendrick Lamar - "N95"、Nigo - "Arya ft. A$AP Rocky"などが4:3サイズで作成されている。
国内でもSOCKS & DJ RYOW - "Osanpo"やBig Animal Theory - "Drowning in Emotions feat. C.O.S.A."などが同様の比率を採用している。

国内アーティストを他にも挙げると、4:3サイズではMrs. GREEN APPLE - "フロリジナル"、BiSH - "サヨナラサラバ"、2.4:1サイズのワイドスクリーンでは緑黄色社会 - "キャラクター"、3:2サイズでは米津玄師 - "M八七"などが挙げられるだろう。


このように、技術の進歩、メディアの変化ーMVの表現は現代性を映す鏡でもある。
さて、ここからは個人的に今年面白かったMVを国内、国外から5本ずつ紹介していこう。

面白かったMV -国内編-

WurtS - Talking Box
監督:RYO ARAKI

跳ねるような打ち込みのブレイクビートと、エモーショナルなメロディが重なり合うWurtSのダンスナンバー。
少女との逃避行、埃っぽいフィルムカメラの色、古めかしいモーテル…全体にどこかアメリカンニューシネマチックな雰囲気が漂いつつも、終盤になるとSFホラーのようなヴィヴィットな照明に切り替わる点がまず目を引く。
また、今作だけでなくWurtSのMVは全て縦型比率で作成されているのが特徴だ。TikTokやYouTubeのショート機能、縦にスワイプしながら映像をザッピングするスタイルに合わせて作成しているのだろう。曲のブレイクまでのカウントダウンが画面端に表示されるのも珍しい演出だ。

縦型のMVというと近年ではanoの「絶対小悪魔コーデ」やPEOPLE 1の「常夜燈」などが挙げられるが、この比率はバストショット~フルサイズのショットを映す時に効果を発揮する。横長のサイズ比だとどうしても空間が余ってしまう場合でも、縦であればレイアウトが収まりやすい。
PVでも1:00~あたりで少女が車内ではしゃぐシーンがあるが、ここも縦型のレイアウトならではのインパクトがある。
今後、縦型のMVがより普及していくことで今まで見たことのないレイアウトが多く生み出されることだろう。

藤井 風 - grace
監督:QQQ

CMにも使用された、藤井風流ゴスペルとも言える伸びやかで壮大なナンバー。
映像の内容自体はインドに赴いた藤井風が現地の人々と交流しながらひたすらはしゃぐだけといった様子なのだが、近年のMVにかける予算感やパンデミック下という状況で、海外ロケを遂行し映像を撮ること自体がまず大変だったように思う。
おそらく時世的に去年~一昨年ではこの映像を撮影することはできなかっただろう。


撮影スケジュールも余裕の無いものだったように思うが、建物の屋上で歌うシーンの夕暮れや沐浴のシーンのバックに流れる空は見事なまでに美しい瞬間を捉えている。ここまでタイミングが見事に噛み合っているのは奇跡的とも言えるだろう。
それにしても海外ロケ映像や最近の邦楽には珍しいサビ頭のロングトーンも相まって、「grace」に80年代の歌謡曲っぽさをどこか感じるのは自分だけだろうか。

花譜×長谷川白紙 - 蕾に雷
監督:朝倉すぐる

バーチャルシンガーソングライター、花譜と長谷川白紙とのコラボ楽曲。
カオスな世界線と時間軸を揺蕩いながら、過去の自分と邂逅/解離を繰り返す花譜。
バーチャルとリアルを行き来する曖昧な存在としての花譜を、エフェクト作画やテキストアニメーション、3DCGなど様々な表現を駆使して描いたアニメーションMVだ。

どうやら映像スタッフを確認すると10人にも満たない少人数チームでの作成のようだ。
ずっと真夜中でいいのに。やEve、今年大ヒットを記録したウタのMV群をはじめ、こうした大手制作会社に依らない、小規模チーム作成によるアニメMVは国内アーティストにおいてもはや一大トレンドと言っていいだろう。そうした小規模編成によるアニメMV作成の強みの一つは監督が映像を全般的にコントロールできる点にあるが、「蕾に雷」はその強みを存分に活かした素材の使い方を行っている。

一つのフッテージがスケールや色味を変えて映像内で何度も巧みにリフレインされ、その度に情報量が重層的に膨れ上がっていく。また、思いもよらないシーンで繋がらないはずのフッテージ同士が重なることで、こちらの記憶をかき混ぜるような演出が作品に陶酔的な魅力を加えている。

コレコレ×戦慄かなの - 推しに願いを
監督:松田広輝

YouTuberのコレコレと女性アイドルグループ・femme fataleのメンバー、戦慄かなののコラボソング。
アイドルとファンの中身が入れ替わるという『君の名は。』を思わせる内容をベースに、ヒカキンやヒカル、ゴールデンボンバーの鬼龍院 翔をはじめ、ラッパーのたかやんや更には炎上系YouTuberのへずまりゅうに至るまで、有名YouTuber、TikToker42名をブッキングし最終的に全員でバーレスク東京で騒ぎまくるという異様にテンションの高い映像になっている。

概要欄には映像スタッフのリストや歌詞全文はもちろん、出演した42名全員のYouTube/TikTokアカウントのリンクが羅列され、コメント欄では各人の登場シーンがタイムスタンプで事細かにリスト化されている。映像内にはそれぞれの人物同士の絡みが要所要所で映され、MVであると同時に大規模なコラボ動画としても機能しているのが面白い。

yonawo - tokyo feat. 鈴木真海子, Skaai
監督:室谷惠

ロックバンドのyonawoがラッパーの鈴木真海子、Skaaiをフューチャリングし、東京の暮らしを歌ったメロウなナンバー。
横長の画面を3等分した変則的な画面構成で、それぞれのパネルにアーティストの姿や風景が次々と流れていく。(似たような演出の映像で、Jclefの『지구 멸망 한 시간 전』などが挙げられるだろう)

3つの画面が別の居場所を示す中、ある瞬間に同じ場所、同じ時刻に一斉に切り替わる瞬間。画面同士の断絶が消え、一つの絵を描く時の快楽がたまらない。
パネル内に流れる映像が持つ縦の時間軸と、パネル同士のカットが連動するように切り替わった時に生じる横の時間軸。この両軸からくるリズムが、東京という街に流れる「ゆるい繋がりの空気感」を感じさせてくれる。

面白かったMV -国外編-

A$AP Rocky - Shittin' Me
監督:Grin Machine

Kelvin Krashのプロデュースによるドラッギーなサウンドが特徴的なトラップソング。
現代におけるポップスターの死を皮肉たっぷりに描く刺激的なMVだが、監督のGrin Machineは謎に包まれたクリエイターだ。ドキュメンタリーチックな映像が生々しい痛みを描くJojiの"Glimpse of Us"や悪意に塗れた子供向け教育番組のようなTNGHTの"GIMME SUMMN"など挑戦的な映像を数多く撮影しているが、その正体は個人なのかどうかすらも明かされていない。(おそらく複数のクリエイターが所属する映像製作会社だと思われるが…)

この映像は今年の9月にバズった大衆に囲まれもみくちゃにされるロッキーを撮影した「asap rocky mosh pit」や、突然無人の無限に続く迷路のような空間に飛ばされてしまう「The Backrooms」など、数多くのネットミームを巧妙に編み込んでいる。
他にも画面サイズの違う映像が次々と絶え間なく切り替わり、また0:40~に流れるようなカーチェイスのシーンはAIのimage to imageによって不気味に歪められる。
虚像と実像の曖昧になったスターの困惑を、現代的イメージのミックスアップによって見事に表現している。

MANAL - MAKHELAW MAGALOU
監督:Farid Malki

モロッコのポップスター、MANALによるチャービ民族音楽を思わせるリズミカルなダンスナンバー。老若男女が歌い踊り、モロッコの文化とアイデンティティを讃える鮮やかなMVだが、その主役はカフタンの服装に身を包んだ女性たちだ。
モロッコの宗教割合はスンニ派のイスラム教徒が多数を占める。2004年に新家族法が制定されるまでは従来のイスラム法に則り、夫は複数の妻を娶ることができ、離婚は夫のみが言い渡すことができるなど、男性優位な文化性が根強く残り、近年では法改正などが進むも、やはりそのシステムの中で苦しむ女性たちは数多く存在する。

MANALは今年夫からの家庭内暴力に苦しむ妻を描いた"3ARI"という楽曲を発表するなど、制度上だけでは無い本質的な男女同権社会の実現を強く訴えているアーティストだ。そんな彼女が大文字の「モロッコ文化」を歌うMVの中心に女性を据えたことには大きな意味があると言えるだろう。

NewJeans - Ditto
監督:Wooseok Shin

プロデューサーのミン・ヒジンが手掛けるK-POPの新星、NewJeansが送るボルチモアクラブを基調としたポップソング。
岩井俊二を彷彿とさせるライティングやカメラワーク、隠喩に満ちたコンセプト、ビデオカメラの4:3とデジタルカメラの16:9が交互に入れ替わる示唆的な映像…「Ditto」のスタイルは近年のK-POPのMVには異例とも言える表現に満ちている。

例えば近年のK-POPのMVは高速ズームアップやスピーディな編集、カメラ視点での大ぶりなアクション、ビビッドで動的な3DCGなど、トム・ガニングの提唱する「アトラクションの映画」的な表現が多く見られるものが多い。
しかしそれとは対照的に、「Ditto」の映像は極めてナラティヴだ。
アイドルとファンの間にはその関係ゆえ、ある種の共依存的な物語が常につきまとうが、その中に放り込まれたメタ的な「劇中劇」としてのMV。この映像は両者を繋ぐ究極のラブストーリーであり、同時に戦慄のホラームービーでもある。

Animal Collective - We Go Back
監督:Winston Hacking

USインディーロックの雄、Animal Collectiveのサイケデリックかつ遊び心の光る新曲。
映像もそんなサウンドを反映するように極彩色に彩られたサイケなルックだが、登場する紙粘土のような質感の3DCGはすべてフォトグラメトリ(写真測量法)によって作られたものだそうだ。
物体を様々な角度から撮影し、その写真から点計測を行い3Dデータとして書き出すこの技術は近年急速に成長を遂げ、iPhoneアプリからでも手軽に高精度なデータを作成することができるようになっている。

監督のWinston HackingはFlying LotusのMVやアートワークを手掛けたことで有名なコラージュアーティストだが、ローファイな質感のフォトグラメトリを駆使することで、彼は2次元的な世界を飛び越え、この世の全てのものを3次元的にコラージュし作品に投影することが可能となったと言える。最新技術とアーティストのスタイルが完璧に呼応しあった好例だろう。

Max Cooper - Symphony in Acid 
監督:Ksawery Komputery

ロンドン出身のエレクトロニック・アーティスト、Max Cooperの「音と言葉」をテーマにした楽曲。
ウィトゲンシュタインの「わたくしの言語の限界が、わたくしの世界の限界を意味する(The limits of my language means the limits of my world)」 という言葉に触発されて作られたMVとのことで、表示される文字はウィトゲンシュタインの著作から引用され、アニメーションの動作はすべてプログラミングコードによって規定されているそうだ。

確かに延々と繰り広げられる文字の羅列は言語という枠組みの強固さ、限界を鑑賞者に意識させる。と同時に、文字そのものが自律した意志を持つように波打つ様をじっと見つめていると、そこに身体性のようなものが宿るような錯覚を鑑賞者に起こさせる。
言語と非言語の境界線、その間隙をすり抜けていくような快楽の先に「わたくしの言語の限界が、わたくしの世界の限界を意味—しない」というねじれたアンチテーゼが浮かび上がってくる。

おわりに

ここに紹介しきれなかったものの、他にも数多くの意欲的なMVが発表されている。
ボーカロイド楽曲にも関わらずアナログフィルムの実写映像を使用した皆川溺 - ”遠泳”、パワーパフボーイズが手がけるボリウッドダンス風の振り付けが大ヒットのきっかけとなったSEKAI NO OWARI - ”Habit”、絵画の額縁を効果的に扱ったリリックとの掛け合いが楽しいChance the Rapper ft. Joey Bada$$ - ”The Highs & The Lows”など…。

来年はMVという表現の可能性がどう広がっていくのか、楽しみだ。

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