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2021年気になった曲の振り返り



はじめに

今年聞いた音楽はジャンル越境的なものが多く、「情報過多」にすることで生まれる爆発力を感じる楽曲が多かったような気がする。
その中から10曲、特に気になった楽曲を備忘録がわりに振り替えろうと思う。
また、あくまで今年聴いたというだけで、発表年自体は全然違う年の曲も入っていたりするので、あまり今年度ベスト的なものにはなっていないこと、そして順番には特に意味は無いことだけ追記しておく。

1.Lil Darkie - Boros(2021)


カリフォルニア州ロングビーチ出身のラッパー、Lil Darkieのアルバム、「Boros」から。
毎年1、2枚のアルバムを出す怒涛のリリースラッシュを続け、しかもその度にトラップメタルやカントリー、R&Bとジャンルを大きく変化させる彼だが、今回のアルバムはひたすらにヘヴィなベースミュージックとなっている。
もはやトラップのリズムともかけ離れた無秩序なリズムパターンの底を、唸るように重いワブルベースがドロドロと渦巻き続ける。いわゆる808のサブベースではなく、ダブステップ的な、特にSubtronicsに代表されるRiddimに使用されるような凶悪なベースサウンドに近い。
ひたすらに攻撃的なトラックだが、しかしその上をLil Darkieのカートゥーンキャラクターじみた唯一無二のひょうきんな声が乗った瞬間、途端にポップでコミカルな印象に変えてしまう。
2020年に発表された「Ths Does Not Exist」(1曲目に収録されている「Rap Music」は最高だ)でもそうだったが、Lil Darkieの声は曲の「画風」を変えてしまうほどの強烈な存在感がある。

2.Fire Toolz - To Make Whole, Be Whole(2021)


シカゴ在住の実験芸術家であるFire-Toolzのアルバム、「Eternal Home」から。エレクトロ・インダストリアル、デジタル・グラインドコア、ブラックメタルからニューエイジ、スムースジャズ、ヴェイパーウェイヴまでを細かくつなぎ合わせたようなサウンドと評されるその音楽性は、聴く側の音楽への認識そのものを不安定に揺らがし続ける。以前のアルバムでもジャンル越境的な要素は常にあったが、今回のアルバムは特に個のパーツの存在感を高めつつさらに楽曲として一つの像を結んでいるような印象を受ける。
さて彼女のインタビューにおいて、興味深い発言があったので紹介しようと思う。

 「To Make Whole, Be Whole」の後半、突如として犬の吠える音が挿入されるのだが、彼女はその犬の声について、以下のように説明している。

「私が犬の鳴き声によって接続しているのは、どんな音楽でもないのです/それは感覚的な記憶です。子供の頃、夕暮れ時に家の裏庭に出て、遠くで犬が吠えるのを聞いているような感じです。私は一人で、何も考えていない。私はただそこにいて、この存在の強さを感じているのです。当時はその存在が何なのかわかりませんでしたが、今は当時よりもスピリチュアルな意味合いを持つようになりました」

近所の犬の鳴き声、『The Weather Channel』のバック・インストゥルメンタル、夜遅くまでMTVのAmpを観ていたこと、ラジオで初めて叫び声を聞いたことなど、そうした体験がFire-Toolzに最も大きな影響を与えたのでは、と記事内では語られている。極めてカオティックな音像でありながら、それが一つの総体として像を持っているように感じれるのは、そこにFire-Toolzのパーソナルな体験が深く刻み込まれているからなのかもしれない。


宝鐘マリン & Yunomi - Unison(2021)


ホロライブに所属するVTuberである宝鐘マリンのシングル曲。ハードテクノを彷彿とさせるタイトなビートが延々と繰り返される中、宝鐘マリンの可愛らしい歌声だけが響き続ける。驚くべきことに曲中、バッキング等で一切コードを鳴らすことがない。YunomiはFuture Bassライクなポップなサウンドを得意としているイメージがあったが、そうした想像を大きく裏切るスタイルの楽曲になっている。サビに入ると宝鐘マリンの声を多重録音したコーラスが始まり、そこでようやく和音が登場する訳だが、そこにいわゆるJ-pop的なコード進行によるカタルシスは存在しない。
むしろここで重要なのはひたすらに各トラックが有機的に機能し合い、まさに音の質感としての快楽を追求し続けていることだ。Yunomiが音をどのように捉えているかについて、氏のツイートで興味深いものがあったので紹介する。


Yunomiはツイート内で音の実在性について言及しているが、Vtuberもまた実在性が曖昧なものだ。月ノ美兎やピーナッツくんの今年発表されたアルバムもそうだったが、VTuber界隈はこうした実験的な試みの音楽が数多く生み出される土壌が出来上がってるように思う。


Sidhu Moose Wala - Moosedrilla feat. DIVINE(2021)

現在の北インドヒップホップシーンを代表するパンジャーブ出身のラッパー、Sidhu Moose Walaのドリルビートソング。UKドリルにPanjabi MCなどが牽引したBhangraの影響を受けたフローと歌唱法が合わさり、フレッシュな響きを与えている。インドのラップの歴史は90年代から00年代にBhangraビートの流行から始まったとされ、それほど歴史は長くはないのだが、Sidhu Moose Walaはその中でもギャングスタラップのスタイルで人気を博し、代表曲のSo HighはYoutubeで4.8億回もの再生数を叩き出しているなど現在勢いに乗っているラッパーだ。

例えばナイジェリア出身のバーナボーイなど、USやUK以外のラッパーが不必要にグローバナイズせずその存在感のままヒットした例は近年多い。Sidhu Moose Walaも今後さらに世界的に注目されるべきミュージシャンとなるだろう。

nujioh - do u love me ?(2021)

Hyperpopのサブジャンルであるdariacoreのアーティスト、nujiohの一曲。dariacoreは本来サウンド的な性質ではなく同一のモチーフをテーマにし続けるアティチュードのことを指していたはずなのだが、ナイトコアのような早回しのサンプリング、過剰なクリッピングノイズと雑多なサンプリングドロップ時のトラップビートのドラムパターンなど、dariacore的なサウンドというものが確立されつつあるように思う 。言い換えるならばブレイクコアをトラップの視点から再解釈したような、そんな印象を受ける。
音の質感をハッキングしたような音像が聴いていて面白いし、過剰なまでの情報量を持ってして楽曲を駆け抜けるスタイルは良い意味で青臭い疾走感がある。(当該の楽曲がサブスクに無かったのでプレイリストには同じくdariacoreでよく聞いたdashieのTakes One To Know Meを入れてます)

Baby Keem & Kendrick Lamar - Family Ties(2021)

Kendrick LamarとBaby Keemの初コラボレーション楽曲。今年発表された彼の「The Melodic Blue」はHip Hopシーンの中でもかなり話題のアルバムとなったが、その中でも「Family Ties」はかなり異色の楽曲だったと思う。
複雑なシーケンスによって組まれたドラムパターン、4分ほどの短い楽曲にもかかわらずビートは3部で構成され、ケンドリックもキームも縦横無尽にフローを組み替える。同時期に流行ったRage系のビートがシンセのワンループで突っ切るパンクロックに近いとすれば、Baby Keemの近年の楽曲はプログレッシブロックのような複雑さを持っている。
ビートのプロデューサーのクレジットを確認すると、
Baby Keem,Cardo,Outtatown,Roselilah,Deats,Jasper Harris,Frankie Bashの計7名が参加しており、分業化がすすむ現行のHip Hopシーンにおいても中々の大所帯と言っていいだろう。
ここまでスタッフが増える理由は、まずビートメイカーがドラムパターンをとメロディ(上モノ)を作る人間がそれぞれで分けることが多いこと、また、近年のヒットソングでは曲中でビートが別のビートに切り替わる、いわゆるビートスイッチという手法が流行していることが挙げられるだろう。
調べた限り、今回のビートはDrakeやTravis Scottも手がけるCardoが総合プロデューサーとなり、ホーンセクションが鳴り響く第一部のパートはオランダのビートメイカーであるOuttatownとRoselilahが、荘厳なオーケストレーションのような第二部のパートはアメリカからJasper HarrisとFrankie Bashが、ケンドリックが登場する攻撃的な第三部のパートはドイツ出身のDeatsが担当しているようだ。また、各パート内でも細かく振り分けがなされ、その構築プロセスは非常に難解になっている。(Baby Keemは自身もビートメイクを行うことがあるが、具体的な制作の話が出てこなかったので、今回はディレクション的な役割を担っていたのかもしれない)。
一部のラッパーに限られるとは思うが、この大作主義的なアプローチは今後も発展していくように思う。

Lars, Lucy & 8Legions - Lucy&Luna song(2021)

サックス奏者であるLars Dietrichが組み上げたロボットアーティスト、Lars, Lucy & 8Legionsのライブパフォーマンス。彼らについては以下の記事に素晴らしい考察がまとめられている。


記事内でも触れられているが、jacob collierのような現代ジャズシーンに近いアプローチと、そこに紛れ込む「機械という身体」が発生させるズレが独特のタイム感を生んでいて面白い。また、スクリーン上に映し出されるキャラクターのイラストは飾りではあるものの、しかしそこにキャラクターを置くことで、奏者としてのパーソナリティを獲得しているように思う。漫画家が自身が作ったはずのキャラクターが勝手に動き出すと語ることがあるように、それがMidiを演奏する機械ではなくいちプレイヤーとして認識することで、そこから逆算して楽曲を構成しているようなスタイルも面白い。

柴田聡子 - 雑感(2021)


シンガーソングライターである柴田聡子の配信シングル。同じ調子で延々と取り止めのない歌詞を投げかけていくのだけれど、歌詞に登場する全ての文章が魅力的で圧倒される。
柴田聡子はこの楽曲を自身のHPで「感覚としては、熱くて冷たくて、おかしな感じでした」と表現しているが、この曲でしか感じられない奇妙な温度感がある。特に面白かったのが「給料から年金が天引かれて心底腹が立つ/腹が立つ自分でも驚くくらい/うーん、腹が立つ」という歌詞。「腹が立つ」という熱い感情が何度も繰り返されることで、その感情が少しずつ自分のものではなくなっていくどこかしらけた感覚。まさに熱くて冷たい瞬間を見事に切り取っている。

ずっと真夜中でいいのに。- あいつら全員同窓会(2021)


ボカロPの100回嘔吐のアレンジが光るずっと真夜中でいいのに。のシングル曲。ハイテンポなBPMにヨナ抜き音階、めまぐるしく変わる曲展開など今のボカロ系トレンドを全て抑えつつ、全編にディスコ・ファンクのアレンジがなされている。curtis mayfieldのMove on Upを思わせるストリングスやカッティングギターが格好いい。
ずっと真夜中でいいのに。で面白いのは、作詞作曲、編曲、MVのそれぞれのレイヤーで外に開かれているレベルが違うことだ。「同窓会」や「納豆巻き」と言った現実的なワードを散りばめた、ACAねのどこかフォーキーな原曲からフックの効いたダンサブルで派手な編曲、そしてフィクショナブルな想像力が爆発するSFチックなMV……内省的なものを核としながら徐々にその規模感を拡大していく。四畳半から宇宙に繋がるような、アンバランスなパワフルさが気持ちいい。

Flourence Prize - Piano Sonata in E Minor: I. Andante - Allegro(1932)

(全然今年の曲ではないけれど……)アメリカ初の黒人女性のクラシック作曲家であるFlourence Prizeのピアノソナタ。西洋音階の中にスピリチュアルや民族音楽の要素が織り込まれ、その新鮮な感覚に衝撃を受ける。時代は前後するが、その西洋と民族性の混ざり合うパワフルさはどことなくNina simone的にも感じるし、あるいは現代のHip Hopにも通ずるものがあると思う。
Flourence Prizeについては歴史的な意義も深いので、いつかまとまった記事を書きたいと思う。
また、この動画の演奏者であるAlthea Waitsはblack diamondsというアフリカンアメリカンのクラシック作曲家のみを集めたピアノアルバムを発表しており、こちらも素晴らしい作品。

さいごに
上の紹介リストには挙げていないものの、Vigro Deepの「I Am Vigro Deep」はめちゃくちゃ最高でアマピアノにハマるキッカケになったし、Rostam Batmanglijは「Changephobia」は2021年ベスト美メロアルバムだったと思うし、日本語ラップならJUMADIBAの「Kusabi」のリリックの焦燥感も好きでよく聴いていた。
来年も音楽を聴いていこうと思います。


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