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【自己紹介】私が出逢った不思議な体験

1972年2月、当時私が10歳の頃に体験した不思議な話をしようと思います。
日本中を震撼させたある事件が「きっかけ」でした。その事件とは、有名な「あさま山荘事件」です。当時は誰もが知る事件ですが50年前となっては知る人も少なくってきたのではないでしょうか?

「あさま山荘事件」とは、1972年2月19日~28日にかけて、長野県の軽井沢の保養所に連合赤軍が管理人の奥さん、牟田泰子さんを人質にたてこもった事件です。当時は日本中にテレビ中継されたのでした。知らない方はご覧下さい。

私は、テレビ中継に釘付けで子供心に何とか管理人の奥さんを助けることはできないのか?とやきもきしていたのでした。しかし、時間が経っても一向に救出されず、時が過ぎ去っていくのでした。

私は何を思ったのか、家の中から交通安全のお守り、家内安全のお守り、ありとあらゆるお守り、お札などを引っ張り出してきて、テレビの前に置いて祈り始めたのです。

「神さま、どうぞ、牟田泰子さんを助けて下さい!」

ずっとテレビの前で祈ったのです!祈る中で、心の中に神さまはタダでは助けることはできないという思いが出てきたのです。かといって、自分にはお金もないし、持っているものは子供ですから、オモチャぐらいでしょう。

予想外の祈りとは?

タダでは、神さまは助けることはできない。
私の心の中の声に対して、私は「予想外の祈り」を始めました。。。

心の中の声に、「神さま!どうか牟田泰子さんを助けて下さい!」

「遅くとも夜7時までには助けて下さい。牟田泰子さんを助ける代わりに、私の将来を捧げますから!」という驚くような祈りをしたのでした。

当時、私の家には何かの宗教を信じる人はいなかったけれども、なぜか、10歳の私はこのような祈りをしたのでした。昔を振り返っても何でこんな祈りをしたのか?分からないのです。

さて、夜も遅い時間になってきました。私は寝る準備をしようかと思っていると、テレビのニュースが聞こえてきたのでした。そのニュースはなんと人質になっていた、管理人の奥さん、牟田泰子さんが、夜7時に救出されたのいうのです。

やった!神さまは祈りを聞いて下さった良かった!ありがたい、嬉しいという思いと、もう一つの想いは「しまった!」という想いが出てきたのでした。

私は、牟田泰子さんを助けるために、自分の将来を捧げた、なので、自分の将来は悲惨な運命を辿るのではないか?運のない人生です。もし、私は人生に敗れたら、出家してお坊さんにでもなるしかないな。という想いに至りました。

中学、高校と大きくなっても、心の中で誓った、「神さまとの約束」これが心の中にあったのでした。これが、私が出逢った不思議な体験です。

この出来事があったからでしょうか。

私は、人生とは何か?と深く考え、哲学などに関心を寄せるきっかけになったのではないでしょうか。この「神さまとの約束」今でも後悔はしていません。むしろ、神仏に対して良い出逢いをしたと感謝しているのです。

~カズ@夫婦しあわせ講師~

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