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ちっちゃな王子さま(超意訳版『星の王子さま』) vol.10

ⅩⅤ

 あの子が6番目におとずれた星は、点灯夫のいた星の十倍は広い星だった。そこには、ぶあつい本ををせっせと書いているおじいさんが住んでいた。

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「おやおや、これは探検家のお出ましじゃないですか!」
 ちっちゃな王子さまに気づくなり、おじいさんはそう叫んだ。
 王子さまは近くのテーブルに腰かけて、ふうっと一息ついた。ずいぶん長いこと旅をしてきて、ぜんぜん休んでなかったんだ。
「さて、あなたはどこから来なすった?」
 ひとやすみしている王子さまに、おじいさんがたずねた。
「そのぶあつい本はなあに? あなたはここで何をしているの?」
 王子さまはたずね返した。
「わたしは、地理学者ですよ」
 おじいさんは言った。
「地理学者って何?」
「世界のどこに海があるか、河が、町が、山が、砂漠が、それぞれどこにあるかを知る学問です」
「それはとっても面白そう!」
 ちっちゃな王子さまはうれしそうに言った。
「そういうのこそが、ほんとうの仕事だよね!」
 そうして王子さまは、地理学者のいる星をざっと見回した。こんなに大きくて堂々とした星は、今まで見たことがなかった。
「あなたの星は、とても美しいところだね。ここには、大きな海があるの?」
「さて、わかりませんね」
「ええっ!」王子さまはがっかりした。
「じゃあ、山はあるの?」
「さあ、どうでしょうか」
「なら、町や、河や、砂漠は?」
「それもわかりませんな」
 地理学者は答える。
「でもさ、あなたは、地理学者なんでしょ?」
「ええ、そのとおりですとも」
 地理学者はうなずいた。
「ですがわたしは、探検家ではありませんから。人手不足で、探検家が足りないのですよ。町や、河や、山や、海、それに砂漠を見に行って数えに行くのは地理学者ではありません。地理学者というものは極めて重要な役割を持っていますから、どこかに出かけるヒマなんてないのです。デスクを離れるわけにはいかないですからね。もちろん、探検家が訪れれば丁重にお迎えしますよ。彼らに質問し、彼らの記憶を書きとめます。もし彼らの話の中に興味深い事柄があれば、われわれ地理学者は、まずその探検家がまともな人間であるかを調査するのです」
「どうして?」
「嘘つきの探検家は、地理学者の大切な書物に破滅をもたらすからですよ。酔っぱらいの探検家も然り、です」
「それは、どうして?」
 ちっちゃな王子さまが聞く。
「酔っ払いはものが二重に見えるじゃないですか。彼らを信じたら、実際にはひとつしかない山をふたつ、と書きとめてしまうでしょう」
「そういう人、ボク知ってるよ」
 ちっちゃな王子さまは言った。
「探検家失格な人をね」
「ええ、ええ、残念ながらよくあることですな。ですから、探検家がまともであることが判断できてはじめて、彼の発見に関する分析をするんです」
「そこに見に行くの?」
「まさか。それではいつまでも経っても終わりませんよ。その代わりに、探検家に証拠を出させるんです。例えば大きな山を発見したのだったら、そこで拾った大きな石を持ってこさせる、とか」
 言いながら、地理学者は急にはりきりだしたみたいだった。
「見たところあなたは、とても遠くから来たようでですな! あなたこそが探検家だ! さぁ、あなたの星についてわたしに話してください、いま、すぐ!」
 そうして地理学者はメモ帳を開き、えんぴつを削り始めた。彼は探検家の話を、まずはえんぴつで書きとめる。いつでも消しゴムで消せるようにね。インクで書くのは、探検家がちゃんとした証拠を出してきてからだ。
「さあ、どうなんです?」
 地理学者は質問を始めた。
「えっと、ボクんちだけど……」
 地理学者の勢いに押されて、王子さまは話しだした。
「そんなにおもしろいところじゃないよ。すっごくちっちゃいし。ボクは三つの火山を持ってる。二つは活火山で、もう一つは活動していない。でも、いつ何が起こるかわからないけどね」
「ええ、ええ、何が起こるかわかりませんね」
 地理学者も言った。
「あと、ボクは一輪の花ももってるよ」
「花のことは書かないので結構です」
 地理学者がきっぱりと言う。王子さまはちょっとムッとした。
「どうしてさ? いちばんきれいなのに!」
「花は、はかないものだからですよ」
「『はかない』って、どういう意味?」
「地理学というものはですね、」
 地理学者は語り始めた。
「あらゆる記録の中でもっとも重要なものなのです。いつまでも決して色あせない、時代遅れにならない。山が場所を変えることはめったにありません。大きな海が干上がってしまうこともほとんどないでしょう。我々が記録するのはそういった『変わらないもの』だけなのです」
「でも死火山は、目を覚まして活火山になるかもしれないよ?」
 王子さまは地理学者の話をさえぎった。
「ねぇ、『はかない』ってどういう意味なのさ?」
「火山が死火山だろうが活火山だろうが、どちらでも大して違いはありません」
 地理学者は言う。
「われわれにとって重要なのは、山そのものなのですから。山がそこにあることは変わりはしません」
「でもさ、さっき言ってた、『はかない』ってのはどういう意味なの?」
 いちど口にした質問を決してあきらめない性格の王子さまは、また繰り返したんだ。
「『はかない』というのは、『すぐに消えてなくなってしまう』ということですよ」
「ボクの花は、すぐに消えてなくなってしまうってこと?」
「ええ、その通りです」
(ああ、ボクの花は、儚いんだ、)
 ちっちゃな王子さまは、あの花のことを思った。
(彼女は四本のトゲだけで、世界から身を守らなくっちゃいけないんだ! そしてボクはそんな彼女を、たったひとりでうちに置き去りにしちゃったんだ!)
 そのときはじめて、あの子は星から出てきたことを少しだけ後悔した。
 だけど、気を取り直して地理学者に質問をした。
「ボクが次に行くところで、どこかおすすめってありますか?」
「ふむ。それなら『地球』がいいでしょうね」
 地理学者は答えた。
「あそこは評判が良いですからね……」
 こうしてあの子は、頭の片隅であの花のことを考えながら、『地球』へ向かったんだった。




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