『おじさんと若者』

 三月下旬の夜のこと。コンビニの喫煙所で煙草を吸っていると、一台の白いSUVが駐車場に入って来た。車内かられる轟音サウンドが大きなタイヤとピカピカのシルバーホイールを際立たせる。その雰囲気に嫌悪感を抱いた俺は、顔を背け、乱暴に煙草の煙を吐き出した。

 やがて喫煙所の前に停車した車から一人の若い男性が降りて来た。真ん中分けの金髪ヘアスタイルに、鯉の描かれた赤いTシャツと真っ白なジーンズを合わせた出立いでたち。
 ヤンキーかあ。そうだと思ったよ。絡まれると面倒だから、そのままコンビニに入ってくれないかな。俺は煙草を一口吸い、素知らぬ顔でそう願った。しかし、そんな想いとは裏腹に、若い男性は肩で風を切りながら喫煙所の横に陣取ると、ジーンズのポケットから値段の高い煙草を取り出し、オレンジ色の使い捨てライターで火を点け、美味そうに煙草を吸い始めた。やっぱりそうなるよね。これはあきらめるしかないか。俺は夜空に浮かぶ星々を見つめ、紫煙しえんくゆらせた。

 気まずい空気を払ったのは、意外にも若い男性の方であった。
「お兄さん、車好きでしょう?」
 唐突とうとつな問いに一瞬面食らってしまったが、何も返さないのは失礼に当たると思い、俺は抑揚よくようを抑えた声で、
「はい、好きですよ」
 と答えた。ロボットのような口調になってしまったので恥ずかしかったが、若い男性は気にする素振りも見せず、少年のような笑みを浮かべ、
「やっぱり。そうだと思ったんすよ」
「でも、詳しくはありません」
「それを言うなら自分も詳しくないっす。ちなみになんすけど、この車なんて言うか知ってます?」
 自身の愛車を指差しいてきた。珍しい。大抵たいていの人間は高級車を買うと自己顕示欲が爆発し、頼んでもいない講釈こうしゃくを垂れてくるものだが、彼は違うようだ。もしかするとヤンキーじゃないのか? ただの車好きだったとか? うーん、わからん。もう少し探りを入れてみるか。俺は彼の愛車を製造している海外の自動車メーカの名前と車種を言い当ててみせた。すると彼は目を見開き、純真無垢な笑顔で見つめてきた。
「正解っす! よくわかりましたね! 本当は詳しいんじゃないっすか!?」
「たまたまだよ」
「本当っすか!?|
「ほら、最近SUVが流行ってるじゃない? それで調べていたら、たまたま君が乗っている車種が出てきたってわけ」
「なるほどね、そう言うことっすか」
「そういうこと。じゃあ今度は俺の方から質問してもいいかな?」
「いいっすよ」
「先程も触れたんだが、最近はSUVが流行ってるじゃない。どうしてかな? いやね、昔はセダンに乗る人が多かったのよ。でも、最近はめっきり減ってしまってね。なぞに思っていたから」
「それは多分、デカイ車がカッコイイからっすよ。でも、会社の先輩達は違うみたいっす。あれです、最近の異常気象って言うんすか? 大雨とか大雪とか? そういう時にSUVだと走れるからって。それで乗り換えてるみたいっすよ」
「なるほどね。まさに今の時代にあった車と言う訳だ」
「そう言うことっす」
「合点がいったよ」
「がてんってなんすか?」
「納得の違う言い方だよ。でも意味は同じ」
「なるほど」
 それから俺達は吸いがら入れに灰を落としつつ、愛車との出会いや日々の過ごし方について、大いに盛り上がったのであった。

 それから三十分後。愛車の白いSUVに乗り込んだ彼は、夜のコンビニを去って行った。俺は雲の隙間から見える月をながめながら、別れ際に彼が言ったことを思い出した。
「お兄さん、よくお金が全てじゃないって言う人いるじゃないっすか。確かにそうなんすよ。お金より大切なモノって沢山たくさんあると思うんすよね。でも、お金が無いと生活できないって言うのも事実だし、お金はあるに越した事はないって言うのも真っ当な意見だと思うんすよ。でもねお兄さん、俺はお金の為に働こうとは思わないんすよ。自分の夢を叶えるために生きたいんすよ。結婚して子供作ってガレージ付きの一軒家を建てて、愛する家族と車をこれでもかってぐらいでる!! これなんすよ!! そのためにいま彼女と二人でお金を貯めてるんすよ」
 最後に彼はこうも付け加えた。
「何か俺ばっかり話しちゃってすみません。今日はぐっすり眠れそうっす。ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ楽しい時間をありがとう。それじゃ、気を付けて」
「はい、気を付けて帰ります。あざっした!」
 人生は楽じゃない。でも、それが味なのかもしれないな。そう心の中で呟くと、俺は缶コーヒーを買いに店内へ足を踏み入れた。ところが、俺を見るなり店員が、「さっき誰と話していたんですか?」と怪訝けげんな表情でいてきた。俺は素直に先程までた若い男性と車の話をしていたと告げた。すると、店員は表情を一変させ、青ざめた顔で、昔この付近で起きた交通事故について教えてくれた。約十年前の同時刻。居眠り運転をしていたトラックが中央車線をはみ出し、対向車線を走っていた二十代前半の男性が運転する白いSUVに正面衝突。トラックの運転手は軽傷で済んだが、二十代前半の男性は頭部を強く打ち死亡した。その事故現場こそが、今俺の居るコンビニの目の前だった。

 俺は缶コーヒーを買い店を出ると、先程の喫煙所に戻り、無言で缶コーヒーのふたを開け、星々が眠る夜空に献杯けんぱいした。

                 完

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?