シャッターに電池がいらないということは

 インターネット黎明のころ、パソコン通信のBBSへの書き込みした方からその当時どんな雰囲気だったかを聞きます。

photo(6/108) 93/02/28 02:23 シャッターに電池がいらないということは
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 B(バルブ露光、任意時間だけシャッターをひらきっぱなしにできる)を多用する天体撮影に向いています。
 国内メーカーで現存する”完全機械制御(露出計除く)”カメラといえば、

 (機械制御<>電気制御)の意。

 ペンタックスK1000
 ニコンnewFM2
 リコーXR-8

 の3機種しか存在しません。チノンCM-7というのもありますが、チノンはカメラ市場から撤退してますので除外します。

  私も全手動一眼をよく使います。フルオート機と違って、操作する部分や方法が極端に少ないので、憶える項目なんか皆無に等しいです。(笑)

1993/2 BBSの書き込み より

 書き込みの時点でも電池のいらないカメラとかとリプライで突っ込まれているようです。電池のいらないカメラは現在でも活躍しているのでしょうか。

■フルメカニカルカメラとわたくし

 昔は電池の要らない完全機械制御カメラ(フルメカニカルカメラ)を使うことに意義を見出したけど、AF一眼レフが全盛となりニコンF5を使うようになった頃には完全にフルオートの軍門に下ることになったなぁ(ダブルピース)。

 つい先日、一眼レフの魁(さきがけ)にして殿(しんがり)になりそうなペンタックスから「フイルムカメラプロジェクト」という耳を疑うような事が発表された。フイルムカメラの新製品開発と技術継承を目指すとのこと。フイルムコンパクトカメラよりはじめ、続けてコンパクトのハイエンド機、一眼レフ、そしてフルメカニカルの一眼レフのロードマップが描かれた。

 若者を中心としてフイルムカメラの人気が再燃した事を理由の一つに挙げているが、いざ製品が出来上がる頃には人気が下火どころか鎮火しているとか、フイルムの供給がいよいよ絶望的になるとか、自身の努力だけでどうにもならない要因の危うさがあるけども、ハタ目には面白そうなのでウオッチを続けたいところである。

 今回のお題、電池のいらない「機械式シャッター」なんだけど、この機械式シャッターという用語は2020年代と1990年末ごろまででは意味するところは微妙に違ったりするので、その辺から書いてみよう。現在主流となっているデジタルカメラの多くには「電子シャッター」が実装されている。昔のカメラだとフイルムがあった部分に板状の撮像素子が入っているわけだが、その撮像素子自体を電子的に制御してシャッター機能を実現するものを「電子シャッター」と呼ぶのが現代の慣例だ。

 この「電子シャッター」にも弱点があり、弱点を補うために併用や選択的使用の為に従来の機械式シャッター機構(メカシャッター)も搭載したカメラが大半となっており、撮像素子単体による「電子シャッター」の対義的な意味合いとして物理的に動作するシャッターを「メカ(機械)シャッター」と呼び、素子を保護する遮蔽板を「シールド」と呼ぶようになった。

  例えば、Nikon Z9は電子シャッターの性能を極限まで高めてメカシャッターを搭載しない仕様とした、ド変態……もとい、挑戦的なフラグシップ機である。

 遡ってデジタルカメラが登場する前、つまり1990年代前半頃までは「機械式シャッター」はシャッターの動作において電力(電池)を必要としないシャッター機構を意味しており、AF機全盛の時代において電池を使用しないシャッターを搭載する(電池が無くとも露出計を除いて全撮影機能が動作する)原始的な機種は「完全機械式(フルメカニカル)カメラ」と呼ばれ、コアな仕様として一定の存在感があった。現代でいえば高級(高額)品のライカ(フイルムカメラ)が代表的で、いまだ現行品である。

 大判カメラで言えば、レンズ部分にシャッターが組み入れられているので、フイルムを使う分にはいまだ機械式の領域といえるが、話が長くなるのでここでは論じない。

 最初に書いたペンタックスが目指すフイルムカメラの到達点が「フルメカニカルカメラ」なわけだが、歴史からみればカメラが誕生して電気や電子制御が取り入れられたのはずっと後の事であり、電池を使わない機械式のように過去に回帰する意図は、おいおいわかるかも知れないし、わからないかもしれない。

 さて、シャッター動作の動力源は何かと言えば「ばね」である。ばねに蓄えられた力を開放することで、そのエネルギーを機械的に伝達してシャッター機構を動作させる。動作後は巻き上げレバーやモータードライブ装置によるフイルム巻き上げで、フイルム送りと同時に「ばね」を伸ばして力を蓄える仕組みとなる。もっとシンプルな方式であれば、シャッターボタンを押し込む力でばねの力を蓄え、押し切ったところで力を解き放つ方法もある。露出計すら無かった時代は掛け値なしのフルメカニカル方式と言えるだろう。

 露出計にしても黎明期はセレン光電池(太陽電池の一種)を採用した電池不要の単体露出計があった。カメラに組み込めるほど小型化してからは光の量を測りメーターの針が振れた位置を機械的に検出して自動露出を「電池なしで」実現したカメラがオリンパスペンEEやフジペットEE(ともに1961年)である。前年の1960年は世界初としてセレン式の完全連動露出計内蔵のコニカFという一眼レフが存在している。もちろん、電池不要だ。

 それでは、何ゆえにカメラに電池を入れる必要が生じたのであろうか。ひとつは露出計の性能向上を目指したからである。幾週か前にこのnoteで

    贅沢しちゃだめ 贅沢しちゃだめ

といったお題があったが、カメラは贅沢してナンボの世界である。うっせえ(笑)。

 先程のセレン光電池(セレン露出計とも言う)は電池不要で言う事なしと思われたが、決定的な弱点があり、低照度(暗い所)では精度が出ないのである。普及機種で低照度計測限界7EV、かの幻のような高級機コニカFでさえ5EV(ISO100)である。EVなんて耳慣れない言葉が出てきたが、夜に蛍光灯照明がある一般家庭の室内はEV5~6程度であり、ほぼ計測が出来ないと言って良い。なにせ当時はフイルム感度もISO100で画期的な高感度と呼ばれる程の水準であるため、

     室内はフラッシュを使え

 という不文律があり、露出計が暗い所に対応できていなくても通常の用途では問題が露見しなかったわけである。

 時代は流れ、フイルムが高性能化(高感度化)してくると暗い場所でもフラッシュ無しで撮影するシーンが多くなってゆき、当然、露出計にも高い性能が要求されてくる。そこで、低照度にも対応できる(EV0程度)受光素子を用いた露出計回路をカメラに組み込むことになり、その為の電池を要することになった。古いカメラでボタン型電池を使うのは、このためである。それでもシャッター機構そのものは電池不要のフルメカニカル仕様が維持されていたのは、電池が切れただけで撮影機能を喪失する事が無いように配慮された事にある(露出はカンで設定すればよい)。もっともシャッターに電気回路を組み込む技術がまだ未熟といった時代背景もあると考えられる。

 さらに時代が進み、いよいよシャッター機構に電気回路を組み込む必要が生じたのはシャッター速度の精度向上(調速性能の向上)にある。シャッター速度つまりシャッター開閉タイミングは従来の機械的制御(カム、歯車、振り子、フライホイール等)によるしかなく、精度向上のために特にフラグシップと呼ばれる機種において機構は精密で複雑になりコストに当然跳ね返るものになっていた。

 要は正確な時間を刻むことが出来ればよいのであって、カメラのスペースに電子回路が組み込めるようになると1963年のポラロイドオートマチック100により、電子制御シャッターが実用化した。キモとなるのは、シャッター幕(後幕)動作を電磁石で走行しないようにロックしておき、電子的に時間計測してから電磁石への通電を止めてオフ(ロック解除)して走行動作させるもので、これは以後の電子制御シャッターの基本的方式になったものである。計時機能を機械動作の組み合わせから電子回路と電磁石に置き換えて精度向上と後にコストダウンが図られた。

 これは機械式シャッターに電子回路と電磁石を組み込んだ「電子制御式」「電磁制御式」と呼ばれるもので、デジタル以前の電子シャッターといえばこちらの方式を指すものである。当初は電池切れの際に緊急的に一部の速度だけ機械動作するように設計された機種もあるが、時代が進んだりコストダウンが進むにつれ電池が無いと動作しないカメラが生まれることになった。

 それでもなお一眼レフのフラグシップ機(プロ機)には機械制御式シャッターの信仰めいたものがあり、電池切れでシャッターの機能が制限されるものはまかりならん思想がはびこっていたが1980年にニコン、次いで1981年にキヤノンのフラグシップ機にようやく電子シャッターが搭載される。

 ニコンF3はクオーツ制御による高精度計時機能により、精度の高い電子制御シャッターを搭載し電池切れの際は緊急動作で1/60秒とB(バルブ)が動作する。しかし報道系プロでは必須と言えるモータードライブ装着によりモータードライブ側の電力をカメラに供給し、電池切れのリスクを極力軽減する仕様であった。対して、キヤノンNew F-1においては、1/90秒以上の高速側は機械制御・電子制御併用、1/90秒より低速側が電子制御といったハイブリッド式となってる。高速側は電池が無くても動作する。プロ機の世界にも本格的に電子制御シャッターが搭載される時代が到来したのだ。

 次に決定的な出来事として一眼レフの自動巻き上げ化とオートフォーカス化があり、カメラの動作において電池必須となった事によりシャッターも完全に電子制御化する事になった。……なったのではあるが、露出計は別としてフルメカニカル機としての一眼レフは別カテゴリとして命脈を保つことになる。ざっとあげれば

ニコン New FM2 (1984年発売 2001年販売終了)
      FM10(1995年発売 2019年販売終了)
オリンパス OM-3Ti(1994年発売 2002年販売終了)
      OM-2000(1997年発売 2002年販売終了)
ペンタックス K1000(1986年国内版発売 1996年?販売終了)
コンタックスS2 (1992年発売2002年?販売終了)
ヤシカFX-3    (1993年発売2002年?販売終了)
リコー XR-8 (1993年発売 1995年?販売終了)
   XR-8Super(1994年発売 2002年?販売終了)
などなど。

 FM10の例外を除いてデジタル一眼レフの隆盛とともに販売終了となり、市場からも忘れられて久しいものをペンタックスが目指すなんて、熱いというか酔狂というか。フルメカニカルのカメラは電子部品が無いためメンテ次第で使い続けられるという触れ込みだけど、樹脂部品やゴムやウレタン系の部品で損耗すると部品が再製造出来ないものもあって、あくまで”電子制御カメラと比較して”と、いう所は頭においておきたいところ。経年変化も電子制御式と比較して大きい方なので、大事に使うなら数年ごとの点検や調整も必要。案外めんどくさいので、それゆえにメーカー公式メンテの意義があるものだ。

 機械制御ゆえに、シャッター速度の繰り返し精度が電子制御式と比較して劣る(同等にしようとすると、非常にコストがかかる)点があるが、実用上あまり問題にならない。リバーサルフイルムを使った場合なんて、今だと考える必要もないだろう。あえて使う場合は程度のよい電子制御のフイルムカメラを選ぶべきだろう。

 それらを踏まえてもフルメカニカルカメラは操作感をダイレクトにカメラに伝える道具感、つまりは”ロマン”があるので、ぜひともペンタックスににはロードマップについて完遂して欲しいところである。

BBS書き込みした方による現在のコメント


用語

・ライカM6復刻版(フイルムカメラ)
 ブランドのゴリ推しで命脈を保つフルメカニカルカメラの雄。今年復刻されたもので、これさえ持っていれば本気度と経済力だけは伝わるものである。ボディの70万円超えはたいした問題ではない。みんなレンズで身を持ち崩すのである。個人的にはペンタックスが目指す場所では無いように思う。

引用:ライカカメラジャパン株式会社
https://store.leica-camera.jp/products/detail/2393

・ニコンZ9
ミラーレス一眼の弩級フラグシップ機。長らく品薄状態が続くと思っていたが、最近入手しやすくなった模様(だからといって、おいらが買えるとは言ってない)。電子シャッターのみ搭載という思い切った仕様。

引用:株式会社ニコン 株式会社ニコンイメージングジャパン
https://www.nikon-image.com/products/mirrorless/lineup/z_9/

・巻き上げレバー
 ここからか?ここから説明しなくてはならんのか?という気持ちはあるけど、ビデオテープの”巻き戻し”が死語となって久しいのでフイルムの巻き上げも同じだろう。”写ルンです”で撮ったあと、カリカリと操作するように、例えば一眼レフだと丸で囲った部分のレバーで撮影後にフイルムを巻き上げることになる。

写真はPENTAX K2 今でも復刻して欲しいと思う

・巻き上げレバーの巻き上げによる「ばね」力の蓄え

一眼レフのスタンダードとなったニコンF(1959年発売)の構造図を示そう。巻き上げにより、シャッター駆動用のばね、ミラー駆動用のばね力を蓄えるメカニズムが記されている。

引用:『ニコンF ニコマートマニュアル』P22より
著者:堀邦彦 伊藤誠一(日本工学工業株式会社(現:株式会社ニコン))
発行:共立出版株式会社 1969年初版

・単体露出計
 カメラに内蔵されたり接続したりせずに単体で明るさを測り、値に応じて絞りとシャッター速度の設定をアシストする測定器という説明でよいだろうか。セレン光電池の話題を出したのでセレン光電池型(電池不要)のものをチョイスしてみた(低照度測定限界はEV4(ISO100))。イケ好かない業界人気取りが首からかけているやつ(認識が1980年代で止まっているド偏見)で、後継品はアモルファス光電池(環境問題でセレン使用不可のため)採用品で値段がクソ高くなった。

写真はセコニック スタジオデラックス2 L-398M
(セレン光電池採用品の最終型)


・この筆者がよく使っている(使っていた)フルメカニカルカメラ

1)ニコン F
 1959年から1971年まで販売されていた、一時代を築いた一眼レフである。このアイレベルの場合は露出計すら無いスパルタン仕様。なんと1990年初頭まで修理受付と、ごく一部の外装部品が残っておりオーバーホールついでに生産最終期仕様のプラ製指あて付レバー部品とセルフタイマー部品に交換してもらったもの。オリジナル状態から逸脱した事で腐れマニアからイジられたが「うっせー、しばくぞ!」で黙らせた思い出がある。

写真はNikon FにCOLOR HELIAR 75mmF2.5を装着したもの

2)ニコン F2
 F2もFと同じくファインダー交換で露出計機能の有無が決まるが、これは当時最先端のSPD受光素子を用いた露出計が内蔵されたASタイプ。シャッターは何度調整してもらっても最高速の1/2000秒がバラつく駄々っ子だった。機械式最高峰、不滅のニコンなんて嘘やんけ(超時空クレーム)と思いつつ、1/1000秒まではほぼパーフェクトだったので実用として問題はなかった。中古買ったときに妙に安いと思ってたんだ。

写真はNikon F2にAi28mm F3.5を装着したもの

3)ミノルタ ミノルチナS

スナップ用に使っているレンジファインダーコンパクト機。露出計はセレン式で電池いらず。シャッターは完全機械式でB(バルブ)と1~1/500秒が選べ、絞りもF1.8~F16まで無段階で連続的に使えるすぐれもの。800円で入手したものを12000円かけて修理に出した。レンズの描写は1960年代のコンパクト機のものでは傑出していると思われる。

前面左上部分にセレン光露出計の受光部がある

4)ニコン ニコマートFTN
 これは本質情報なのだが、ニコンのフルメカニカル一眼レフとして中古格安のFやF2を買うぐらいなら、シャッター速度ダイヤルの操作方法にクセがあるもののニコマートFTNを選んだ方が同じ安くても機能的に問題が少ない。当時は格下機種のはずなのに内部の組付け方式の違いにより、ファインダーの腐食度合いがFより圧倒的に少ない傾向がある。巻き上げレバーも丈夫でしっかりしており、露出計が故障している個体が多いがそれを外部の単体露出計を使うなどで割り切れば本当に格安でお勧めできる。巻き上げレバーにAのシールが貼られたもの(ファインダーにスプリットイメージ付)か、巻き上げレバーにプラスチック指あて部品の付いた後期型を選べばもっと快適だ。おいらのは後期型だけど露出計が故障しているので、メーターともども取り外して連動ピンも外す改造を施した。

写真はNikomat FTN(後期)にAi 28mm F2.8Sそ装着したもの

 昭和の時代から提唱されては潰えた”写ゲキバトル”を現代に蘇らせようとする妄想本を頒布予定です。

写ゲキバトル システム概論

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