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見ているようで見ていない

 作家の向田邦子(1929-81)は、かつて日本橋の出版社に電車通勤で勤めていた頃、「まさかの日常」を見落とさなかったエピソードを、随筆集『眠る盃』の中に書き記しています。

電車の窓から見えたもの
 とある夏の日、帰りの電車で吊革にぶら下がり、東京の中野の街中の風景を眺めていると、アパートの窓を開け、くたびれたYシャツで涼んでいる中年男性が見えました。なんとその脇に大きなライオンがいたのをはっきりと目にしたそうです。驚いたのは自分だけで、同じ窓を向いている人たちは、何事も無かったかのような顔をしていました。
 見間違いかとも思いましたが誰にも言うに言えず、二十年の時を経て、雑誌のエッセイに「中野のライオン」と題し、その事を書いたところ、雑誌発行の5日後に、当事者の男性から電話がきたそうです。
 本物と確信してから話を聞いたところ、バーを経営していたお姉さんが亡くなり、その方が飼っていた仔ライオンを引き取り手のないという事でこっそり押し入れで飼っていたそうです。段々と大きくなりましたが、特別吠えもしなかったそうで、たまには外の空気を吸わせてやろうと窓辺に座らせたところを見られたという話。しかし狭い所で飼っていたため日光不足でくる病になり、やむなく動物園に引き取ってもらったそうです。割と近所では知っている方もいて、騒ぎにならないあたりは昭和のエピソードだなといった感じです。

視覚もそこそこサボってる
 このように目というのは何でもかんでも記憶させないため、注意していない時などは意外とちゃんとモノを見ていません。風景等は視覚情報の入力コスト削減のため脳が勝手にリピートした映像を流しているそうです。
 じっくり見直したり近くを散歩したりすると、身近なものでも大事な事を見落としている事は大いにありそうです。

参考
新装版 眠る盃 向田邦子 講談社文庫
私たちが見ている世界は脳が「過去15秒間」を平均化した映像だった

二葉鍼灸療院

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