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徒然ノベルゲーム語り 第三回『塵骸魔京』

今回は『燃え』のターン。

書きたい内容の関係でほんの少し項目を変えているがご容赦願いたい。


第三回
『塵骸魔京』

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《概要》

2005年にニトロプラスから発売されたアダルトゲーム。
私が初めて触れたエロゲである。

本作のシナリオライター・夜刀史郎が世界観設定を担当していたTRPG、『BEAST BIND 魔獣の絆RPG』のキャンペーンシナリオを下敷きとして製作されたとされる。
ちなみに夜刀史郎はペンネームの一つであり、一般には海法紀光としての名前の方が有名。最近の作品では、『がっこうぐらし!』の原作や『彼方のアストラ』のアニメシリーズ構成等を担当している。

作品自体の知名度は低いが、ヒロインの一人であるイグニスが一部業界で有名である。立体映えするデザインなのか、エロゲヒロインとしては異例の数のフィギュアが製作されている。


《シナリオ》

「僕には心臓がない」

自分以外の全ての人がテレパシーを持っていると思えるほど、他人との共感能力に乏しい主人公・九門克綺。
彼が、久しぶりに海外留学から帰ってきた妹・恵を迎えるところから物語は始まる。
時を同じくして動き出す不穏な影。
人間社会のすぐ隣に潜み住んでいた「人外」との邂逅、そして争いと交わりが、克綺の日常を大きく変えていく。

これは克綺の心臓を巡る、不思議な出会いと別れの物語である。

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共通のエピソードはあるが、序盤から選んだ選択肢によって展開が大きく異なる仕様である。
ドロップアウト系のバッドエンドが多いほか、ヒロインが主人公と出会うこともなく死亡したり、なかなか容赦がない。
後述するが、バッドエンドを集めるのにも一応意味がある。とはいえ、選択肢総当たりはなかなか面倒であり、あまり重要な情報が出てくるわけではないので、気にならないなら捨て置いてもいいだろう。


・イグニスルート
パッケージのセンターを飾る、看板ヒロイン・イグニスのシナリオ。『人類の三つの護り』のひとつ、『最も気高き刃』と称される彼女と共に、人外相手に生き残る術を学んでいく。

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作品の世界観が丁寧に語られるルートであり、克綺が何故人外に狙われるのか、その心臓が如何なる役目を果たしていたのか、詳細に語られる。

克綺とイグニスの関係は恋人というより師弟に近いが、彼女との交流は克綺に少しずつ「人間らしい」情動を宿らせていく。
彼女を取るか、世界を取るか。物語終盤で提示されるのは、王道ながら使い古された二者択一だ。それでも非常に盛り上がるのは、やはり克綺の変化の描写が丁寧ゆえの成果であろう。
個人的には、イグニスと別れるエンディングが好み。人外教師・メルクリアーリ先生とのやり取りが特に良い。

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教師にして神父にして人外の長


ちなみに、露悪的だが面倒見の良いイグニスは、他ルートでも大体おせっかいを焼いてくれる。
どういう展開になってもお世話になる、頼れるお姉さんなのである。

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師匠…


・風のうしろを歩むものルート
オオカミに似た人外の一族『草原の民』の若者・風のうしろを歩むもののシナリオ。一族の再興のために、特異な存在である克綺を狙って町にやってきた彼女との、奇妙な交流を描く。

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真名は人間には発音不可能な上、真名を知られることは存在を支配されることに繋がるということで、克綺のための言い名として「風のうしろを歩むもの」を名乗っている。
真名ではないが、「言い名付け」のために明かした大事な名前なので、略して呼ぼうとすると不満げになる。

ラーメン屋でお代を立て替えてもらったこと(ごはん=命をもらった恩)、克綺から名乗り彼女の名を尋ねたこと(真名を明かすことは求婚の意)などから、当初の方針を変え、彼を伴侶として迎えようと行動を共にするようになる。
ちなみに、はじめは克綺を食べようとしていた。というか、相思相愛になっても時が来たら食べるつもりでいた。

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イスに靴で上がっちゃいけません


彼女は他の二人のヒロインと違い、『人類の三つの護り』に属さない普通の人外。そのためか、世界の理や克綺の心臓に関する捉え方も独特であり、一風変わった解釈を楽しむことができる。
一方で、元々は克綺を狙っていた人外であったためか、他のルートでの扱いは不遇。克綺と一緒に串刺しにされて退場したり、克綺と会う前にすり身にされて退場したりする。どちらも実行犯は、そのルートのヒロインである。

挽回とばかりに、自身のルートでは天真爛漫でイキイキとした魅力を振りまきながら、異なる種族間での恋模様をたっぷりと披露してくれる。異文化との触れ合いについて、最も踏み込んで語られるルートといえる。

彼女のルートもまた、最後は別れを含んだ選択肢が示される。
自分が人外となって風のうしろを歩むものを追うか、彼女を人間の世界に引き留めるか。あるいは、お互いを尊重してそれぞれの道を歩むか。

個人的には、やはり別れを選択するエンディングが最も秀逸だと思う。無感動だった克綺が、絞り出すような声で愛を叫ぶシーンは、未だに忘れられない。

僕が好きになったのは、春風のように吹きすぎていく女の子なのだ。


・管理人さんルート
本名は花輪黄葉であるが、作中で名前を呼ばれることはほとんどないので、ここでも管理人さんと表記する。

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克綺が暮らすメゾン・フォレドーの管理人にして、みんなの帰る場所を守るお母さん。
他のルートでも、卓越した料理や家事の腕で日常パートを盛り上げたり、精神的な拠り所となりつつ傷の手当てを担当してシリアスパートを陰で支えたりと、様々な面で活躍する。

自身のルートでは、『最も古き祈り』と呼ばれるその正体を明かし、人間と人外が入り乱れる戦いに身を投じていく。
子を守る母の祈りから生まれた自動人形である彼女は、人外に対しては無双の力を見せるが、相手が人間となると善悪問わず敵対できない。彼女自身の意思と自らの存在理由の間で板挟みになりながら、それでも克綺と歩もうと足掻く姿は、痛ましくも美しい。

彼女のルートでは、他のルートにおける頼れる支援者であったメルクリアーリがラスボスとして立ちはだかる。
ルートごとの立場の違いによって、登場人物たちとの関わり方が大きく異なるというのは、やはりノベルゲームの醍醐味のひとつであろう。

物語の最後では、力を使い果たした彼女を生かすか否かな選択を迫られる。
『人の子を守る者』として彼女の意思を継ぐか、「ただいま」を伝え続けるために彼女を小さな結界の中で保護し続けるか……それはプレイヤー次第である。

余談だが、管理人さんルートは、克綺の妹である恵が唯一生存するルートである。

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こんなに可愛いのに あまりに不幸


そういった意味では、3ルートで最後に触れるのが良いのかもしれない。

ほんとにいっつもかわいそうな目に遭うので。


・おまけ

バッドエンドも含めた全てのエンディングを回収すると、作中の端々で姿を見せていた謎の少女・ディディーといちゃつくことができる。

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特に重要なエピソードということもなく、ちょっとしたおまけ要素くらいに思っておけばいい。


《音楽》

異種族・異文化との邂逅をテーマとするためか、異国風の曲調のものが揃う。
OPテーマの『孤高之魂魄』では、いとうかなこがいきなり北京語で歌い出すので、初めてOPを見た時はビックリすると専らの評判。2番は日本語である。

EDテーマは3曲あるが、ヒロインごとに決められているわけではなく、それぞれの結末に合わせたものが選出される。EDテーマが流れる結末は、イグニス2つ、管理人さん2つ、風のうしろを歩むもの3つの計7つ。一度しか使われないEDテーマもある。

その他の特徴として、日常BGMの出来が抜群に良い。
管理人さんのテーマである『黄葉庭園』をはじめ、『午眠』や『倦怠甘露』は一日中聴いていられるタイプの曲である。
風のうしろを歩むもののエンディング近くで流れる『涼風』も名曲。


《美術》

キャラクターデザイン・原画はNiθが担当する。『機神咆哮デモンベイン 』シリーズで知られるほか、『百花繚乱サムライガールズ』のキャラクターデザイン、『仮面ライダー鎧武』のクリーチャーデザインなどを行なっているイラストレーターである。
彼のデザインは本作の後、少しずつ淡いタッチにシフトしていくため、荒っぽさの最盛期が恐らくこの頃である。「Niθ皺」と呼ばれる特殊なクセもあるが、全体的なイラストレベルはかなり高く、刺さる人には激烈に刺さる出来といえる。

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すごい服が張り付く


一方で、作中に登場する人外の一部は立ち絵も含めて3DCGモデルがそのまま表示される。その他のキャラクターたちのイラストが良い分、異物感が凄まじく、残念な点のひとつ。背景美術も微妙である。
公式の画集では人外たちについてもNiθ氏の設定画が載っており、このクオリティのままゲームに落とし込んでいたら……と思わずにはいられない。

SDキャラクターは暗黒絵師ヨダが担当。饅頭じみていてとてもかわいい。

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仁義なきサーディン争奪戦


また、後述するが、ヨダ絵に関してはものすごくどうでもいい仕掛けが隠されていたりする。


《その他の要素・独自の特色》

・男性キャラが魅力的
《シナリオ》欄でも何度か登場したメルクリアーリは、優しい教師と人外『夜闇の民』の長という二つの顔を持つ、重要人物の一人である。その落ち着いた立ち振る舞い、一貫した人外としての姿勢は、ヒロイン勢に勝るとも劣らない、大きな存在感を放つ。

克綺の親友・峰雪は、彼がいなければ話が進まないというくらいの功労者である。日常パートの主役格であるのはもちろん、要所要所で克綺の手の届かないところをカバーする名脇役。色々と危ないヒロイン勢とは違い、絶対に裏切らない、作中最も信頼できるキャラクターだ。

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イグニスにもらった木刀で大はしゃぎする親友


その他、人間側の悪の親玉・神鷹は、これまたブレない信念を持った良い悪役である。『夜闇の民』の田中さんのように、端役でありながら存在感を示すキャラクターもいる。

漢がかっこいいゲームは良いゲームである。


・お腹が空く
ごはんの描写にものすごく力を入れている。
食卓のイラストが何種類もある上、毎回克綺が気合の入った食レポをする。
プレイしていてお腹が空くエロゲランキング暫定1位を独走中である。

料理をするのは主に管理人さん。作中では何度も、絶品であることが語られる。
彼女のルートでわかることだが、管理人さんは味覚がない。ここに至るまでの、気の遠くなるような試行錯誤を思うと、美味しそうな食事シーンを見るたびに胃と一緒に涙腺が暴れだす。


・暗黒絵師モード
いずれかのヒロインのルートをクリアすると、暗黒絵師モードが追加される。何がどう変わるかというと、単純に立ち絵がすべてヨダ絵になる。
シリアスシーンも何のそので、まんじゅうじみたキャラクターたちがやり取りをするというカオスなモードである。
あくまでおまけ要素なので、やるもやらないも自由である。最初は変な笑いが出るが、多分途中で飽きる。


・幻の第4ルート
本作はイグニス、風のうしろを歩むもの、管理人さんの3ルートで構成される。
しかしながら、ファミ通文庫から出版されているノベライズ作品『ファンタスティカ・オブ・ナイン』『ライダーズ・オブ・ダークネス』で、4人目のヒロイン・牧本美佐絵のエピソードが語られる。

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ゲーム中では克綺に理解のあるクラスメイトとして登場するものの、主に日常パートを彩るキャラクターであり、彼女の正体が詳細に語られることはない。「もしかして」と感じるシーンはあるが、あくまでその程度である。
ノベライズ版では、そんな牧本さんをメインヒロインにおき、ゲームとは違う観点から人外と人間の戦いを描く。本編中の劇中劇『銀河刑事ベーオウルフ』を重要なファクターとして展開するなど、遊び心を見事な「燃え」に変換している部分も高評価。

ちなみに風のうしろを歩むものは、メルクリアーリに真名を握られて首輪をはめられている。不憫。


《総評》

全体的な雰囲気は暗めなものの、序盤はギャグシーンも多く、ほのぼのとした展開の描写も上手い。
戦闘シーンや、各々の信念・生き様を語る場面は熱く、重厚に描かれており、バランスの良い出来栄えである。

クセは強いものの、音楽もイラストも高レベル。声優も、表名義で有名な実力派が揃っている。
言い回しが無闇に難解なところは玉に瑕だが、十分に名作といえるだけの地力を備える。

異種族・異文化との交流や、決別・独り立ちといったテーマが好きならば、かなりのめり込めるはずだ。

一方で、平気で人死にが出るシビアな世界観であり、ヒロインと何の憂いもなく結ばれるようなエンディングは用意されていない。
その辺りが受け入れられないのであれば、プレイするのは止めておくべきである。

最後になるが、この6月に公開されたニトロスーパーソニックのPVがなかなかいい感じなので、是非覗いてみてほしい。





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