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かっこいい客

東京・下北沢は、ちょっと変わった街です。

小田急線と京王線が交わる駅を中心に、細い路地が網の目のように入り組んでいて、小さな飲食店やBar、古着屋や雑貨店、ライブハウスや小劇場が寄り添うように・・・「ごちゃっと」集まっている。

演劇の街、古着の街、カレーの街、サブカルチャーの街・・・色んな呼ばれ方のある街だけど、僕の印象はなんとなく「ごちゃっとした街」。

限りなく自由で、ちょっと怪しくて、美しく混沌としていて、さりげなくアナーキーで、人生を全力で迷走するには最適な街・・・(笑)

この街に越してきてから、夜な夜な街を徘徊(?)するようになりました。
要は、ネオンに誘われて、独り飲み歩いてるわけです。
仕事帰りや休日に、独りでぼーっとお酒を飲んで、人生の貴重な時間を思いっきり無駄に消費する堕落感。でもまあそれはそれで自分的には楽しい時間なわけで、お店でバイトしている店員さんとのちょっとした会話もまた一期一会なわけで、っとなんだか訳の分からないことを思い巡らせながらふと、自分の学生時代を思い出したのです・・・

大学生の頃、僕は典型的な、いやかなりの苦学生でした。
家が貧乏だったから親が仕送りを全くしてくれなかったし、そもそも仕送りしないことが大学進学の条件だったので、大学からは授業料を全額免除してもらい、家賃格安の学生寮に住み、国の奨学金制度を利用し、あとはひたすらアルバイトして生計を立ててました・・・

そんな大学2年生の頃、日曜日を除く週6日、とある居酒屋でアルバイトをしたんですよ。
当時は「居酒屋」という場所自体ほぼ未知の空間で、極度の人見知りということもあり、お客さんが店に入って来た時「いらっしゃいませ!」って言うことすら、最初はかなり恥ずかしかった・・・
でも居酒屋のホール係は、典型的な人と接する仕事だし、注文は愛想と空気を読む技術(?)を要したので、半強制的に人見知りが是正されましたね。あと、毎日まかない(食事)が付いてるバイトだったので、食べ盛りの学生的にはかなり助かりました。

居酒屋には本当に色んな人が来る。

サラリーマン、公務員、社長、学生、無職、夫婦、水商売の女性・・・
若い人、年配の人、やたら喋る人、黙って飲む人、お通しだけで日本酒一升飲む人、冷えて無いビールを注文する人、ライムチューハイのライム一滴って注文する人・・・(笑)

お店では本名と全然関係ない「士郎」ってあだ名で呼ばれてました。
お酒を飲むと人は基本的に陽気になるから、常連さんたちは「士郎ちゃん勉強頑張ってっか?」とか「士郎ちゃんの顔見ると元気がでるよ!」とか声を掛けてくれて、たまにバイト終わったあと飲みに連れてってくれたり、生活費の足しにとチップくれる人がいたり、「大人の世界ってこんな感じなのかな~」なんて不思議な感覚を覚えていた。

そうして居酒屋でしばらく働いていたら、この世には
「良いお客さん」と「嫌なお客さん」がいることに、なんとなく気付いた。

「良いお客さん」の代表は常連さんで、定期的に来てくれて、お店にも、従業員にも優しく接してくれる人。
逆に「嫌なお客さん」の代表格は、クレームを言う人、怒る人。
料理の味や提供スピードに文句を言う人は本当に嫌だった。
他にも、場違いにうるさい人とか、長居する人(帰らない人)、泥酔してる人なんかもちょっと嫌だったな。(笑)

そして社会に出る前の学生として、感覚的に凄く勉強になったのは、良いお客さんの中にさらに、「かっこいい客」がいる、ということです。

「かっこいい客」とは、イケメンで綺麗な彼女を連れてるとか、アルマーニのスーツを着てるとか、そういうことではありません。

お店には日替わりや週替わりの「旬」のメニューがあって、例えばイトヨという魚は春が旬で、新鮮なイトヨを仕入れた日は、「士郎ちゃん、今日はお客さんから注文を取る時必ず『イトヨがお薦めです』って添えてね」
そう女将さんから言われるわけです。

そしてお客さんに注文を聞きに行く時「今日は新物のイトヨが入りましたよ」と言い添えるわけですが、

「なんだそれ?いらねーよ。」と言うお客さんもいる一方で

「おっ、イトヨか。春だね。食べ方は唐揚げか塩焼きか。よし初物だから塩焼きでいこうか。あとお酒をぬる燗で。」なんて感じで注文してくれる客が・・・僕的にはかっこいい客(笑)

かっこいい客というのは、なんていうか・・・

紳士というか、粋というか、さりげなく知的というか、物腰が柔らかいというか、注文の仕方や飲み方が、とにかくかっこいい人。

酒が飲めるようになったら、将来社会に出たら、あんな大人になりたいな~
なんて思える存在で、お店にその人が来るとなんだか嬉しくて、さりげなくじっと、その人の動きを観察したりしてた・・・(笑)

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社会に出て随分長い時間を過ごして来たけど、自分は今、あの頃の士郎ちゃんからみて、かっこいい客になってるのかな?
なんてことをまた、ぼーっと考えている・・・

「いや、全然なってないよ」って士郎ちゃんに言われそうだけど

かっこいい客でありたいな、あるいはなりたいな、そう思っている限りは、少なくとも確実に近づいていくわけですよね。

そんなわけで今宵も一人、下北沢のどこかで、静かに飲んでます。(笑)