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貨幣と資本(第10回):第8章 25年間(1994-2018年)のSNAの推移

1994年から2018年までの25年間にわたる国民経済計算体系(SNA)の数字を読み込むことによって、日本経済全体の壮大なノン・フィクションのストーリー、すなわち国民所得(Y)、貯蓄(S)、マネーストック増殖額(ΔM)、投資(I’:純固定資本形成)、資本蓄積(ΔK)、拡大再生産(ΔY)等々のダイナミック(動的)な躍動の全てが映画のように眼の前に映し出される。

確かにバブル崩壊後、現在に至るまで「失われた25年」と称されるほど長期にわたり、日本の名目GDP(国内総生産)は年間500兆円前後で伸び悩んでいる。しかし、国民経済計算体系(SNA)上、1994年から2018年までの25年間にわたる日本経済全体の財務諸表(貸借対照表、損益計算書及び純資産変動計算書)の勘定科目体系の中で、当然ながら名目GDP(国内総生産)の勘定科目は僅か1行に過ぎない。

現在の財政・金融政策は、あたかも盲目の獣医が弱った巨象の各部位に触れて、それぞれは正しい描写をしていても、全体像を把握できず、誤った診断と治療をするのに似てなくはないだろうか。弱った日本経済も同様である。貸借一致という複式簿記の仕訳のロジックに従い、他の全ての勘定科目との勘定連絡があってこそ、名目GDP(国内総生産)の1行の数値が決定されるのである。従って、SNAの数字の背景を読み解き、バブル崩壊後の「失われた25年」の原因を徹底的に解明してこそ、それに対する有効な対策、適切な財政・金融政策の実行が可能となる。

8-1. 資本蓄積(ΔK)

SNA上の資本(K)の定義は既に提示した。

K=資本(国富)=資産-負債=非金融資産+(金融資産-負債)=非金融資産+対外純資産

一国経済全体における資本蓄積と拡大再生産の仕組みを分析するため、資本(K)に関する2つの変数を導入する。一つは1期間中の「当期資本蓄積額」であり、もう一つは1期間中の「資本蓄積率」である。

当期資本蓄積額=ΔK
資本蓄積率(k)=ΔK/K

1994年から2018年までの25年間にわたる日本経済全体の貸借対照表において、資本蓄積率(k)は平均値▲0.1%。当期資本蓄積額(ΔK)で見ても、25年間で過半数の14回、マイナスを記録した。1990年代後半はバブル崩壊により、地価・株価の下落が大きかったことに加えて、金融危機とそれに続く2000年代前半の不良債権処理、更には2008年以降のリーマン・ショックによる巨額損失が何度も日本経済を襲い、長期にわたり資本(K)ストックの蓄積をほとんど許さなかった。

実体的資本蓄積(ΔKs)

実体的資本蓄積(ΔKs)は、SNAの「資本勘定」の貸方において、以下の数式で算定される。

実体的資本蓄積(ΔKs)=貯蓄(S)+海外からの資本移転等(純)

以下の数値は衝撃的である。1994年から2018年までの25年間にわたる日本経済全体の財務諸表(貸借対照表、損益計算書及び純資産変動計算書)において、実体的資本蓄積(ΔKs)は平均値28兆659億円を中心として、1994年の50兆5,357億円から1996年に当時のピークの55兆7,757億円を記録した後、急激に減少し始め、2002年には最高値から半減し、24兆6,723億円にまで落ち込んだ。

そこから2007年には35兆3,037億円に回復したものの、リーマン・ショック後の2009年には何と最低値のマイナス 3兆717億円を記録した。マイナスの実体的資本蓄積(ΔKs)ということは、一国経済全体の資本(K)が毀損したことを意味する。その後も実体的資本蓄積(ΔKs)は低迷を続け、翌2010年以降はプラスには転じたものの、10兆円の大台に届かなかったが、ようやく2016年24兆4,789億円、2017年31兆4,698億円、2018年29兆5,035億円と、25年間の平均値に近い水準にまで回復したところである。

再評価による資本蓄積(ΔKv)

再評価による資本蓄積(ΔKv)は、SNA上、「再評価による正味資産の変動」と呼ばれる。再評価による資本蓄積(ΔKv)は、マネーストック(M)の介在なくして、「調整勘定」において資産・負債を公正価値(fair value)で再評価した結果が反映される。

従って、地価と株価の大幅な下落というバブル崩壊の影響を真正面から被る勘定科目である。再評価による資本蓄積(ΔKv)というものの、この勘定科目1行で四半世紀にわたり資本(K)ストックが毀損された凄まじいまでの破壊力を見せつけられる。

1994年から2018年までの25年間にわたる日本経済全体の財務諸表(貸借対照表、損益計算書及び純資産変動計算書)において、再評価による資本蓄積(ΔKv)は平均値でマイナス33兆4,427億円。ということは、25年間の累積合計で836兆679億円にも及ぶ資本(K)ストックが毀損されたことを意味する。その間、ほとんど増えなかったGDP(国内総生産)500兆円と比べても約1.67倍の規模に達する。

年間100兆円以上もの資本(K)ストックの毀損が発生した年だけでも4度(1995年、1998年、1999年、2002年)あり、中でも最悪の1999年には僅か1年間で156兆8,248億円もの資本(K)ストックが毀損された。ようやく2006年と2007年に至り再評価による資本蓄積(ΔKv)はプラスに転じたが、2008年以降はリーマン・ショックの影響により再びマイナスに沈んだ。2009年にマイナス70兆835億円を記録した後、2011年まで4期連続でマイナスが続いた。2012年以降は、公的資金(日銀及び年金積立金管理運用独立行政法人)による株価買い支えもあってプラスに転じたが、2015年マイナス30兆9,698億円、2016年プラス20兆9,763億円、2017年プラス18兆1,847億円、2018年46兆1,067億円と徐々に改善する状況にある。

8-2. マネーストック(M)

第3章で詳述した通り、世の中で流通するマネーの総量を「マネーストック」と呼ぶ。具体的には、マネーストックとは、「日銀と銀行から成る金融システムの外部に対する負債」を意味する。日銀のマネーストック統計では、マネーストック(M3)の定義は以下の通りである。

M3 = 日銀券発行高+硬貨流通高+預金通貨+準通貨+CD(譲渡性預金)

実は、内閣府が作成・公表するSNAには、このマネーストックにピタッと当てはまる勘定科目は存在しない。最も上記マネーストック(M3)の定義に近いのが、SNAストック編制度部門別勘定にある民間金融機関の貸借対照表上の負債「現金・預金」である。この勘定科目は、日銀券と硬貨を除き、マネーストック(M3)の大半を占める預金通貨、準通貨及びCD(譲渡性預金)を含んでおり、実際、日銀のマネーストック統計ほぼ同様の変動を示すことを確認した。しかし、本稿では可能な限り正確を期すため、マネーストックを意味する財務指標としては日銀のマネーストック統計におけるM3そのものを用いることとする。[1]なお、数式に用いる記号としてはマネーストックの「M」とする。

さて、ここでマネーストック(M)に関する2つの変数を導入する。一つは1期間中の「マネーストック増殖額」であり、もう一つは1期間中の「マネーストック増殖率」である。

マネーストック増殖額=ΔM
マネーストック増殖率=ΔM/M

1994年から2018年までの25年間にわたるマネーストック増殖率(ΔM/M)は年平均2.1%。既に第2章で述べた通り、バブル崩壊後、銀行の貸し渋り・貸し剥がし等による信用創造機能の不全が続いている。

8-3. 資本蓄積(ΔK)とマネーストック(M)

資本/マネーストック比率(γ)=K/M

有形・無形資産から構成される資本ストック(K)の蓄積がマネーストック(M)の何倍かを示す財務指標である。本稿では、ギリシャ文字の「γ」(ガンマ)で表す。

γ=資本(K)/マネーストック(M)比率=K/M

SNAの貸借対照表の共に貸方で、マネーストック(M)は負債として計上される一方、資本ストック(K)は文字通り資本(国富)として計上される。

1994年から2018年までの25年間にわたる資本/マネーストック比率(γ)は平均値3.1を中心として、1994年の4.2から2018年の2.5まで緩やかに減少している。バブル崩壊による株価・地価の大幅な下落を反映しているといえよう。

マネーストック増殖・実体的資本蓄積差額=ΔM-ΔKs

仮に1期間中のマネーストック増殖額(ΔM)が同期間中の実体的資本蓄積(ΔKs)を下回る場合、実体的資本蓄積(ΔKs)を新規に発行されたマネーストック増殖額(ΔM)で賄うことができず、その不足額分の「金融資産(投融資)の減少額=負債(マネーストック)の減少額」という信用収縮が発生したことを意味する。これとは逆に、一国経済が順調に成長し、実体的資本蓄積(ΔKs)がなされていくならば、通貨保有主体(一般法人・個人等)が保有するマネーストック増殖額(ΔM)と一国経済全体の実体的資本蓄積額(ΔKs)とはほぼ一致するものと予想される。

1994年から2018年までの25年間にわたる日本経済全体の財務諸表(貸借対照表、損益計算書及び純資産変動計算書)において、マネーストック増殖・実体的資本蓄積差額(ΔM-ΔKs)は平均値でマイナス6兆4,892億円。25年間の累積合計でマイナス162兆2,309億円にも上る。25年間にわたる貯蓄(S)の資本(K)ストックへの変換の累積合計による複式仕訳は以下の通りである。

【貯蓄(S)の資本(K)ストックへの変換】

3-2.資本勘定
(借方)純固定資本形成(I’)335兆2,747億円
          貯蓄投資差額346兆6,976億円
          在庫品増加10兆552億円
     (貸方)実体的資本蓄積(ΔKs)701兆6,478億円
          うち貯蓄(S)715兆249億円
            資本移転等収支▲13兆3,771億円
          (統計上の不突合▲ 9兆6,203億円)

3-3.金融勘定
(借方) 投融資539兆4,169億円
               (貸方) マネーストック増殖額(ΔM)539兆4,169億円

上記の複式仕訳から解釈可能な点が2つある。

第1には、とにかく円建の国内投資の不足である。急激に減少したとはいえ、25年間の累積合計で貯蓄(S)が715兆249億円もあったというのに、その半額にも満たない金額(335兆2,747億円)しか純投資(純固定資本形成[I’])に回されていない。円建の国内投資不足であるが故に国内での資本蓄積(ΔK)が十分になされず、拡大再生産による追加的な資本所得(r・ΔK)も増えなかった。直近の2018年でも貯蓄(S)29兆7,160億円に対して、純投資(純固定資本形成[I’])8兆5,141億円、貯蓄投資差額19兆1,105億円である。危機的な状況といえる。

第2には、貯蓄(S)が715兆249億円も増加したにもかかわらず、マネーストック増殖額(ΔM)は539兆4,169億円に留まった。貯蓄(S)は必ず一旦は銀行預金としてマネーストック(M)に転化するのだから、25年間のマネーストック増殖・実体的資本蓄積差額(ΔM-ΔKs)が累積マイナス162兆2,309億円ということは、貸し渋り・貸し剥がしによる信用収縮が継続して発生していたことを意味する。特に1994年から2008年に至る15年間にマネーストック増殖・実体的資本蓄積差額(ΔM-ΔKs)の累積マイナス334兆7,256億円という強烈な信用収縮が発生した。その後2009年以降はようやく貸し渋り・貸し剥がしが解消し、マネーストック増殖・実体的資本蓄積差額(ΔM-ΔKs)もプラスに転じた。しかし、直近でも2016年プラス13兆5,529億円、2017年プラス6兆6,379億円、2018年マイナス7,533億円と回復の足取りは力強さに欠けている。

8-4. 貯蓄(S)と投資(I’)

貯蓄(S)

貯蓄(S)は、SNA上、所得支出勘定の借方で直接把握される。なお、既に述べた通り、貯蓄(S)というと、自分の預金残高のことを思い浮かべる方も多いと思うが、SNA上は所得支出勘定において、国民可処分所得(Y)のうち最終消費支出として費用化(expense)されなかった残りの金額を貯蓄(S)と呼ぶ。従って、貯蓄(S)とは、ストックとしての貯蓄残高ではなく、その期間中に増加したフローとしての貯蓄(S)を意味することに注意されたい。

さて、第5章で証明した命題「借入(Debt Finance)による投資の場合、仮に投資の時点で貯蓄(S)がなくとも、事後的(ex-post)に常に必ず投資(I')自体がそれと同額の貯蓄(S≒資本蓄積ΔK)と(固定資本減耗の金額を加算した)マネーストック(ΔM)とを生み出す」は常に必ず成立する。この命題は、SNA上の恒等式「投資(純固定資本形成)の変動(ΔI’)≡貯蓄の変動(ΔS)」及び「銀行の金融資産(投融資)の変動≡マネーストック増殖額(ΔM)」としても表される。

日本経済全体で見るとこれほど重要な貯蓄(S)と投資の両方が歩調を合わせて激減している。1994年から2018年までの25年間にわたる日本経済全体の財務諸表(貸借対照表、損益計算書及び純資産変動計算書)において、貯蓄(S)は平均値28兆6,010億円を中心として、1994年の50兆7,277億円から1996年に最高値の56兆1,293億円を記録した後、急激に減少し始め、リーマン・ショック後の2009年には何と最低値のマイナス 2兆6,065億円を記録した。マイナスの貯蓄(S)ということは、貯蓄残高を取り崩したということを意味する。その後も2012年1兆8,279億円というギリギリ黒字の水準を続けた後、ようやく2017年31兆7,570億円、2018年29兆7,160億円と25年間の平均値を超える水準にまで回復してきたところである。

投資(I’: 純固定資本形成)

投資(I’)とは、SNA上、粗投資(I)を意味する「総固定資本形成」から減価償却費に相当する「固定資本減耗」を控除して算定する。

投資(I’: 純固定資本形成)=「総固定資本形成(I)」-「固定資本減耗」

25年間の投資(I’)の推移は、衝撃的だった貯蓄(S)の場合よりも更に悲惨である。投資(I’)がマイナスということは、資本蓄積(ΔK)どころか、資本が毀損されていることを意味する。

1994年から2018年までの25年間にわたる日本経済全体の財務諸表(貸借対照表、損益計算書及び純資産変動計算書)において、投資(I’)は平均値13兆4,110億円を中心として、1994年の37兆9,403億円から1996年に最高値の48兆1,791億円を記録した後、急激に減少し始め、リーマン・ショック後の最悪期には、2009年マイナス12兆2,117億円、2010年マイナス12兆2,892億円、2011年マイナス8兆9,344億円、2012年マイナス4兆889億円と気が遠くなるような4期連続での巨額の資本ストックの減少を記録した。ようやく2013年に僅か1兆4,363億円ながらプラスに転じた。その後、少しずつ回復基調にはあるが、直近の2018年でも8兆5,141億円と未だ10兆円の大台には届かない状況が続いている。

貯蓄投資差額=資金過不足

1994年から2018年までの25年間にわたる日本経済全体の財務諸表(貸借対照表、損益計算書及び純資産変動計算書)において、貯蓄投資差額(=資金過不足)は、一貫して資金余剰の状態が続き、その間の資金余剰の累計額は346兆6,976億円に達した。資金余剰とは、本来、円建であった3-2.資本勘定の貸借差額(balancing item)である貯蓄投資差額、そしてこれに対応する円建のマネーストック(M)、国内貯蓄(S)、そして国内資本(K)が、外貨建である3-3.金融勘定の「資金余剰」(資金過不足)に振替えられたものである。従って、本来、日本国内において円建で資本蓄積(ΔK)されるべき資本が、25年間で346兆6,976億円分、外貨建で海外に流出したことがわかる。

2018年末の一国経済全体の資本K(国富)が3,458兆1,484億円であるから、ちょうどその約1割が外貨建の対外純資産に転化・流出したといえる。また、円建の国内投資(I')が大幅に減少したことにより、その投資収益(rK)である円建の国民所得(Y)も25年間、ほとんど増加することはなかった。我が国よりも豊かな米国等への巨額の資本流出は、意図せざる自国窮乏化政策という結果を招いたのではないだろうか。

8-5. 25年間(1994-2018年)の日本経済の変遷

これまで1994年から2018年までの25年間にわたる日本経済全体の財務諸表(貸借対照表、損益計算書及び純資産変動計算書)を用いて、マクロ経済学としての財務指標分析を行ってきた。SNAの数値とそれを用いた数式は、資本蓄積(ΔK)と経済成長(g)のダイナミック(動的)なプロセスの全てを記録・表示する。

まず言えるのは、1994年から2018年までの25年間、日本経済では金融面における信用創造機能として、銀行預金としての貯蓄(S)も、銀行貸出によるマネーストック(M)も、僅かな増加に留まり、強烈な信用収縮が発生していたことが指摘できる。1990年代から続く銀行の貸し渋り・貸し剥がしというミクロの経済行動がこのような結果を招いた直接の原因である。確かにバブル崩壊で再評価による資本蓄積(ΔKv)勘定を通じた資本(K)ストックの毀損は甚大だったが、不良債権処理の遅れ等、金融当局(大蔵省銀行局、金融庁、日銀)の政策運営上の失敗もあった。

次に、実体面でも、投資(I’)が減少し続け、リーマン・ショック後の最悪期には2009年以降4期連続で巨額のマイナスを記録した。貯蓄(S)が「資本化(capitalize)」されないどころか、日本経済全体として、むしろ資本(K)ストックを長期にわたり取り崩してきたことが指摘できる。



[1] マネーストック(M3)は日銀マネーストック統計による。なお、2003年3月以前分の連続性あるデータが存在しないため、1994-2002年の数値は旧マネーサプライ統計から推計した。

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