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退学とその延長

退学をしたのが期末試験の迫っていた2回生の初夏。

退学を決める前から高知へアカメ釣りへ行くという計画があり、退学は既にしていたものの学生生活最後の夏休みと勝手に延長をして、社会的な肩書を失って動揺していた自分を保つたの言い訳とし、高知へと向かうことにした。

まだ幻とされていたアカメは、情報収集をしても、こうすれば釣れると言ったことに対して正反対の見解がいくつも散見され、掴みどころのないままだった。

釣るまで帰らないと心に決め、18切符を買い、釣竿一本とバックパック1つで大阪から鈍行列車で高知へと向かった。
午前10時に大阪を出発し、神戸、岡山までは快速で順調に行けたもののそこからは各駅となり、その失速は著しく、四国に入り山間の谷を走っている頃には日が暮れ、目的の高知駅に着くと20時をとっくに過ぎていた。

免許を持っていないため、移動手段として駅前のホームセンターで自転車を買い、右も左も分からないまま高知の街へ浦戸湾を目指し、これからの宿なしでの生活への不安と丸一日を費やした列車での移動による疲労を共にし彷徨いでた。

この時から結果30日間、高知に篭ることになった。
その1ヶ月の間、大学の友達が冷やかしで高知に遊びに来て釣りもそこそこに飲み歩いたり仁淀川まで足を伸ばしてただ川遊びをしたり、以前に西表島で知り合った知人が偶然にも同じタイミングで高知へと来ることになった知らせを受けお互い全くゆかりもない場所で再会をし、釣りを通して知り合った知人達が同じようにアカメを目的として高知に来て一緒に釣りをして、数日すると帰っていく彼らを見届けた。見届ける度、1人になるのがそれまで以上に寂しかった。

アカメは夜行性とされ釣りを始めるのは日が傾き黄昏となる頃からであり、また日が昇るまで続けた。その間は、静まり返った人気のない住宅街、湾沿いを延々と自転車で走り、気になる場所、地元の釣り人に教えてもらったポイントを探し出し、何も反応がなければ汐見表と地図を照らし合わせ、頼りない経験から怪しいと思われる場所を苦し紛れに絞り出し自転車で走ることを繰り返した。深夜の水辺はいつも自分だけが別世界に取り残されたように静まり返っていた。

どれだけ下手でも毎日釣り場に出れば、偶然の1匹は釣れるだろうと軽く見ていたのが、全く甘くなく、自転車での移動や夜通しで釣りをしていること、睡眠も健康ランドの休憩所で畳の上で寝付けない上、凍えるほど冷房が効いていてすぐ目が覚めるという日が積み重なり、回復することはなく精神的にも肉体的にも毎日が限界で、道中で見つけたベンチの上に倒れ込むようなことも少なくなかった。

3週間が過ぎた頃、バイト先からいつ戻れるかと連絡がきて、釣れるまで帰らないと決めていたのに残り4日をもって帰らざるを得なくなってしまった。

帰阪まで残り2日。翌日からは悪天候となる予報で事実上、最終日となった夕暮れ。1ヶ月間釣り歩いてきてここしかないと決めていた湾奥に入った。日が暮れるに連れ、同じアカメを狙う釣り人も数人見えてきた。水面には小魚の波紋が目立つようになり、アカメなのかはわからないもののそれらを狙う魚がいることが伺い知れた。
連日の疲れから意識が朦朧とする中での数投目。
ゆっくりと引いてきたルアーがドンッという衝撃と共に動きを押さえられた。
次の瞬間には今まで経験したことのない力で竿がねじ伏せられていた。
もうこのときには理性はなく、ほとんど反射のようにドラグを緩め宥めるようにした。

数秒後、4,5メートル先で掛けたはずなのに20メートルほど先で夕日に照らさされながら1メートルほどもある巨体が跳躍するのが目に入った。

その緊迫感から朦朧としていた意識も明晰なものとなり、アカメとの駆け引きに全神経をもって集中していた。
アカメの口は硬いことで知られており、次の首振りで針が外れるんじゃないかと心配でたまらなかった。
手前まで寄せては、また圧倒的な重さと力で走られるのを繰り返し、出ていく糸を押さえるごとに指が焼けた。

バレるな!バレるな!と祈るような気持ちで宥め続け、足元まで寄せた。掛かっているフックは1本。

水面で荒々しく首を振る様は魚のそれではなく、水を打つ音も鈍い太鼓の音のように響いた。

近くに居た釣り人が取り込むのを手伝いに駆けつけてくれた。引き寄せたアカメにグリップを挟み、目の前にその1匹が横たわった瞬間、安堵から崩れ落ちしばらく動けなかった。

釣り上げるまでの数分間にこの1ヶ月の全てが掛かっていた。
雨の日にずぶ濡れになりながら凍えた日や、手がかりもないまま時間が過ぎていく虚しさ、そんな中台風が上陸し釣りどころではなくなり諦めかけこと。1ヶ月間の辛かったことが全て走馬灯となり、釣り上げた喜びと解放、全てが混じり合い今までにない達成感に包まれた。

最後まで刺さっていた1本はトゲを抜くように簡単に口から外れ、もしここで逃げられていたら、、と思い怖くなった。

釣り上げたアカメは98㎝で、目指していたメーターまで僅か2㎝足りなかった。それでも最後を飾るには十分すぎる大きさだった。
蘇生のため自身も海に入り、金属的な硬さを持つ体を支え鰓へ水を送り続けた。
しばらくするとアカメは体に平衡を取り戻し既に暗くなった海へと戻っていった。


















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