一期一会

大学入学前の春休み。
西表島末端にある集落に辿り着いた。

お世話になっていた宿に小さな1匹の白い犬がいて、ある子供にいじめられていた。
尻尾を無闇に引っ張られ、履き物で叩かれていた。

人に恐怖心を抱いていたその犬は近づいたら牙を剥き毛を逆立て威嚇してきた。
びびりながらも撫でようと手を出すと呆気なく噛まれ、手から一滴の血が滴り落ちた。
それでも構わず頭に手をやり撫でてやると、少し戸惑った顔をしつつも少し満足気な顔をしていた。

それからは、もう何年も一緒にいたかのように過ごすことになった。
自分が近くにいるのが分かると甘えた鳴き声で遊べ遊べと催促される。
釣りに行けない時はその小さな集落の中を散歩して、掘立小屋のような共同キッチンで料理している時は様子を見に来てくれた。
いくつかの夜は、どうやって抜け出したから分からないものの泊まっていた離れ小屋まで小さな体でせっせと歩いてきて朝まで一緒にそこにいてくれた。

それからもその集落には幾度か訪れて同じような日々を過ごした。

最後となったのは何十日間かそこで過ごし、集落を離れる時だった。
前日、挨拶がてら遊びに行くといつも通り嬉しそうに迎えてくれた。別れ際、背中に聞く遠吠えが辛かった。

定期船に乗り集落を離れる時、宿の人、一緒に遊んだ子供たち、お世話になった集落の人達が見送りに来てくれた。その犬も宿の人に連れられて桟橋まで来てくれていた。
どこまで理解していたかは分からない。

もうすでに老犬だった。
船が桟橋を離れ小さくなっていく姿を見たのが最期だった。



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