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【Q9.東京最北のバス停から東京最南のバス停まで】3.父島・二見港から小港海岸バス停まで

 11時00分、おがさわら丸は定刻通りに父島二見港に入港する。
 接岸時には船が揺れるため、乗客はデッキから退出し自室にて待機するように、アナウンスが流れる。入港時の様子をギリギリまで撮影したいため、ギリギリまで粘る。
 下船もまた等級順なので、自分の順番まで待つ。 

 上陸。埠頭では、おがさわら丸の船尾からコンテナを下ろす作業が行われている。客船ターミナルは、おがさわら丸で到着した我々と、島内に所在する各宿泊施設から派遣された送迎スタッフとでごった返している。ここから即座に村営バスに乗り、目的地である「東京都最南のバス停」に向かいたいのだが、残念ながらそういう訳には行かない。旅行代理店から貰った資料に、入港したら直ちに宿のスタッフに会うようにと書かれているからだ。
 探す。自分が泊まる宿泊施設の看板を掲げていたのは、赤く染めた髪を立てた、若い男性のスタッフであった。ニコニコしていて、人柄は悪くなさそうだ。挨拶をする。宿は、父島の中心地区からは大分南に離れた、小港エリアにあるので、車で迎えに来たとのことだ。
 代理店の資料にはまた、ツアー会社の窓口に行き、明日の森歩きツアーの手続きをしろと書かれている。宿のスタッフにその旨を伝えると、手続きが終わるまで待っててくれると言う。ツアー会社の名前を伝えると、場所を教えてくれる。メインストリートに面した建物で、巨大なガジュマルの樹が目印だという。


 教えられた建物はすぐに見つかる。おがさわら丸が入港する日は忙しいらしく、中々係員がつかまらない。しばらく待っていると、男性の係員がやっと対応してくれた。明日の森ツアー、明後日の海ツアーのエントリーを確認する。
 接客に当たる係員は礼儀正しく丁寧だが、オペレーションは手際良いとは言えないと感じた。オペを仕切る経営サイドの問題ではないかと思う。

 併設されているログハウス風の建物には、飲食店が入っている。メニューを見ると、ウミガメ料理がある! 小笠原に来たら、是非食べたいと思っていた食材だ! ここで早くもお目にかかれるとは! テンションが上がる!
 最初は、ウミガメバーガーというのをテイクアウトしようと思ったが、時間が経つと臭みが強くなってしまうと女性店員が言う。店内にて、ウミガメの塩煮丼というのを喰うことにした。

 アオウミガメの肉だという。そう言われてみると、少し青みがかった色をしているような気がしてくる。食べる。思ったより普通の味だ。コラーゲン部分が多い鶏肉のような食感であり、味である。自分が今までに食べた獣肉の中では、やはりスッポンに似ているように感じた。

 肉を口に含んだ状態で鼻から息を吸うと、確かに奇妙な臭気が感じられる。独特の臭いであり、何かに例えようとしても類似のものが思い当たらない。哺乳類とも鳥類とも、魚類とも異なるものだ。ただ、普通に食べる分には、特に違和感はない。
 酒は小笠原ラムを選んだ。むしろこのラムの方が、自分の口には余り合わなかった。味が合わないというより、臭いが合わないと感じた。
 
 ウミガメ丼を食べていると、電話がかかって来る。宿の男性スタッフだ。ツアー会社の手続きが終わるまで、待たせていたのを忘れていた。まだ終わりませんかと聞かれたので、今終わった所です、待ち合わせ場所にすぐに向かいますと答え、慌てて残りのウミガメ肉をかきこんだ。
 青い灯台の前のバス停「青灯台前」で待っていたスタッフの車に乗り、宿へ向かう。宿の場所は、父島の南側、小港地区にある。このクエストの目的地である「東京都最南のバス停」も同じ方向にあるので、丁度良いと言えば丁度良い。しかし送迎ワゴンを経路の途中で使うのは、何だかクエストの本来の在り方では無いような気もして、スッキリしないと言えばスッキリしない。
 父島の西海岸に沿った自動車道を進む。父島はイメージよりも山地の割合が大きく、時に海岸線ギリギリまで崖が迫っている。その崖と崖の間に小さくて美麗な砂浜が幾つも点在しているという地形だ。
 その山地を時にカーブして迂回し、また時にトンネルで貫き、道は続いている。

 12時過ぎに宿に到着。チェックインの用紙に記入し、館内設備の利用方法について説明を受ける。夕食は18時、朝食は毎朝7時だと言う。部屋は一人旅には過大な広さで、天井の高い部屋にセミダブルサイズのベッドが2つ置かれている。内装もオシャレで、いかにも南国のペンションといった感じがする。
 今日の午後の予定を聞かれたので、南に向かう村営バスに乗り、小港海岸にでも行ってみたいと、なるべくさりげなく答える。「自分は東京都最北のバス停から来て、最南のバス停まで行く旅の途中です!」などと言う、力みかえった解説はしない。最寄りのバス停は、坂道を少し下った所にある「交流センター」だと教えてくれた。

 

 「交流センター」停留所は小さなロータリーのようになっている。12時40分、定刻通りやってきた村営バスに乗車。小笠原の森の中を走っていく。洋風建築のペンションが点在している。終点の「小港海岸」停留所は2つ先だ。
 終点から一つ手前のバス停「農業センター」を過ぎると、自由降車区間のようになる。運転手に声をかけると、任意の場所で停車し、降ろしてくれるのだ。正式なものではないが、そのようにしてくれるらしい。
 この区間にも宿泊施設があるのだが、バス停が設置されていないので、客のためにそうしている、本当はここにもバス停を置くべきなんですけどねと、気さくな運転手が説明してくれた。
 終点が近づく。路肩にヤシの木が等間隔に植えられている。人工的、人為的な景観ではあるが、南国っぽくて良い。
 12時50分、終点の「小港海岸」停留所に到着。巨木の周りをぐるりと一周するロータリーとなっている。バス停の標識には「東京都最南端のバス停」である旨が明記されている。

 こうして今回のクエスト「東京最北のバス停から最南のバス停まで」を達成した。最北のバス停「鍾乳洞」から、最南のバス停「小港海岸」までの所要時間は42時間程度だが、そのうち24時間は「おがさわら丸」に乗船していた時間だ。

 「おがさわら丸」が二見港に入港するのは午前11時00分。下船を急ぎ、猛ダッシュして、港の最寄りのバス停「船客待合所」を11時01分に発車する村営バスに乗ることが出来れば、理論上はタイムを少し縮めることは可能だろう。しかし現実には難しく、また虚しい。
 その一本後のバスは、「船客待合所」12時31分発、交流センター12時40分のバスで、要するに自分が今回乗ったバスだ。ツアー会社や宿での諸々の手続きをスキップしたとしても、おそらくはこのバスに乗って、同じ到着時刻となるだろう。


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