田中碧〜もっと、もっと碧く〜
チームがACLを戦うべくウズベキスタンへと飛び立った翌朝、覚悟をしていたニュースが"遂に"舞い込んで来てしまった。
田中碧、ドイツ2部デュッセルドルフへ移籍へ
このニュースにはフロンターレが公式に異例の声明を出すほどで、移籍はほぼ有力なものとなった。
田中碧の海外移籍。
田中碧の海外移籍と言われても、彼が加入した2017年シーズンでは考えられなかったことだ。何を隠そう出場試合数は0。
2018年も秋まで出番は無し。
2019年から急成長を遂げた田中碧は、いつの間にか五輪代表の主軸になっており、いつの間にか川崎フロンターレの中核を担っていた。
しかし、僕たちはこの「いつの間」をずっと見続けてきた。見守り続けてきた。
そう。碧は、僕たちの目の前で常に成長をしてきた。まるでピッチを自分の名前の如く、碧く染めて行くかのように。
デザイン力
このニュースから程なくして、碧のデュッセルドルフへのレンタル移籍が正式決定した。
嬉しくもあり、でもやっぱりかなり寂しくもある。
しかし、ほぼ休みなしで不動のスタメンとして半年間君臨し続けた21年シーズン。これほどのパフォーマンスを魅せ続けていれば世界中のクラブが彼に注目するのも頷ける。
そんな碧の最大の魅力は何か。
そう問われると、少し回答に迷う。
碧にはたくさんの武器があり、その武器を1つずつ増やして行く過程を僕は等々力や日本中のスタジアムで見てきたからだ。
それでも、敢えて1つに絞って回答するとしたら…
いや、これは彼の魅力でもある。「僕が思う碧の好きなポイント」かもしれない。
それは「デザイン力」である。
碧は試合中とにかく喋る。ちょっとしたプレーの合間はもちろん、味方が点を取って喜びながら自陣に戻っている時も。
「今のプレー、こうしてほしかった。」
「1つ前のところ、こうした方がいい?」
言語の異なるブラジル人選手にも身振り手振りを交えながらとにかく喋る。
よく、サッカーをやっていると「ゴールから逆算してプレーを選択しろ」と言われる。
サッカーをやっている人なら分かるかもしれないが、これは相当難しい。
味方とゴールまでの絵を共有しなければならないし、相手の動きを想定しなければならない。
「ここに今パスを出せば、相手はここに動く。だからここが空く。そこに味方が入ってくればゴールに向かえる。」
この短文でも、想定が3つも入ってくる。
プロレベルで点を取るためには、これくらいの想定を完璧に味方と擦り合わせていく必要があるが、それは神経の擦り減るような作業である。
ズレが続くとどうしてもなにも考えずにロングボールを放り込んだり、とりあえずサイドにボールを出したりしてしまうものである。
碧は、この地道でストレスの溜まる「擦り合わせ」を徹底する。
今季、チャントの無いスタジアムには彼の声がよく響き渡っていた。
「ヤスくん!!!!!!!」
「ジョアン!!!!!!!」
ユースからの直属の先輩であろうが、喋る言語が違おうが彼は思ったことをストレートに伝える。
彼のボール奪取能力やスタミナ、展開力はもちろん世界に通ずるものがある。
しかし、僕が彼を見ていて1番ワクワクする瞬間は、この瞬間だ。
彼が喋った後、チームは彼を中心に回り始める。
そう。彼は味方と擦り合わせ、要求をし、動かすことでピッチを碧く染めていくのである。
そして、思い通りの流れから点が入った時、彼は全身で喜びを表現する。
屈託のない笑顔で、全力で。
普段、一眼レフを持ってスタジアムへと向かう僕は、気付けば我が軍が点を取った後、一目散に碧を探すようになっていた。
「人間らしさ」って、それは人間なんだから当たり前なのだが、この「正直さ」「真っ直ぐさ」が僕は好きなのである。
決して着飾ることは無く、強がることもなく。
彼はいつだって等身大の田中碧だった。
きっと、2017年元旦、吹田スタジアムのゴール裏で天皇杯を観戦していたあの日よりもっともっと前から。
碧はずっと等身大で、正面からフロンターレを愛していたんだと思う。
僕は、その思いが垣間見える瞬間が大好きだった。
ただ、そんな「川崎フロンターレの中心」だった碧は、最初からエリートだったわけではなかった。
出場試合数0だったデビューイヤー
碧が加入した2017年、我が軍はドラマチックな最終節の大逆転にて念願の初タイトルを手にした。
これは、たった4年前のエピソードである。
大島僚太も、谷口彰悟も、家長昭博も、優勝を決めたそのピッチに立っていた。
しかし、田中碧は歓喜のピッチにはいなかった。
ベンチにすら、入っていなかった。
彼が念願の等々力デビューを振り返るには、念願のリーグ優勝から半年後、2018年の秋まで時計の針を進める必要がある。
そう。田中碧は、この数年間でその才能を爆発させた。
2018年にようやくデビューをした彼の印象は「ガムシャラなボランチ」だった。
とにかく前線に顔を出し、何とかして点に絡む。
プロサッカー選手田中碧は、そんな印象だった。
それが、いつの間にか「欠かせない大黒柱」となった。
凝縮された時間軸の中で、彼は確かに成長を遂げていた。
当たり前の中で、ひょっとしたら僕達はその成長を見逃していたのかもしれない。
この目に焼き付けながら、見逃していたのかもしれない。
もしかしたら、僕たちの「ブレイク」という言葉が定義する時間軸と、彼が同義に要した時間があまりに乖離していたため、目に止まらなかったのかもしれない。
碧はそれくらい、僕たちの前で瞬く間に成長した。
彼はいつの間にか、ガムシャラなボランチから「勝ち点をもたらす」絶対的支柱へと豹変していた。
そしてこの夏、僕たちの愛する等々力陸上競技場から巣立つ決断をした。
最愛なる弟、田中碧へ。
僕が初めて君を見た時、そのガムシャラさに思わず笑みが溢れた。
それは、リスペクトを込めた笑みだ。
確かに荒削りではあった。ボールコントロールも怪しいし、ポジショニングもフワフワしている。
でも、君のプレーには惹かれるものがあった。
20歳そこそこの君は、その身体の全部を使って全力で闘っていた。
当時、ボールポゼッションを中心として比較的綺麗に闘う我が軍にあって、君のそのプレースタイルは斬新であり、瞬く間に僕の心を掴んだ。
そんな君は昨シーズン、チームの中心として確固たる地位を築き上げた。
デビュー当初、ガムシャラだった君のプレースタイルは洗練され、攻守に渡って欠かせないキープレイヤーとなった。
ピッチの端から端まで走り回る君の姿は、とても頼もしく「チームの中心選手」としての覚悟を感じた。
それでも、僕はやっぱり、君の、田中碧の人間らしさが好きだった。
ふとした時に出る、碧の本当の姿が僕は好きだった。
イメージ通りの崩しで子どものように喜ぶ碧。
兄のように慕っていた守田とのラストマッチになった天皇杯決勝後、人目も憚らず涙を流す碧。
僕は、そんな真っ直ぐで正直な田中碧が好きだ。
それはこれからも、きっと変わらない。
きっと碧はドイツでも沢山の人に愛されることであろう。
今から碧の魅力に気付き、碧の虜になるドイツの人たちが僕はちょっぴり羨ましい。
さぁ、行ってこい碧。
後ろなんて絶対に振り向くな。
ドイツのピッチを、いや、世界中のピッチを、もっと、もっと君色に染めてやれ。
もっと、もっと碧く。
世界は、碧を待っている。
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