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赤い光と黒い壁

悪夢と言いますか・・・相変わらず奇妙な夢を毎日観てしまいます。

今朝のワンシーンは・・・左から赤い光が差し込み、カレンダーのような数字が書かれた道が見えたと思ったら、目の前に黒い壁が現れました。11月26日と27日の間に・・・。

実は、明日で連続参拝が600日目を迎えます。今日は599日目。600日という一つの目標まで”あと1日”。

「だからどうした?」

という話です。

600日を目標にした深い根拠は無く・・・。「まあ・・・『6』ということで」くらいです。連続参拝を続けられているということは、”まだ生きていること”、”参拝へ行く身体があること”。


それにしても、今日は冷え込んでいます。朝起きたら・・・5度。最高気温は9度の予報。ただ、夜は楽しみにしていた会合があり、ソワソワしているのも事実です。しかも、お初の渋い居酒屋さんで。うふふな感じです。


起きてから、”赤い光”と”黒い壁”のことを考え続けています。”赤い光”は、赤信号のような質感にも似つつ、鳥居の朱色にも似つつ。”黒い壁”が・・・分かりません。ブラック・モノリスのような・・・習字の時に使う墨のような質感でした。

試しに・・・『黒い鳥居 神社』と検索したら・・・驚きのキーワードが。

昨日、598日目は、お気に入りの神社の一つ『〇〇池弁財天』に参拝へ。そして、『黒い鳥居 神社』と検索すると『〇〇神社』と。この二ヶ所の神社の『〇〇』は同じ地名が・・・。

昭和の初期まで神明社(天照皇大神)、杉山神社(日本武尊)、浅間神社(木花咲耶姫命)、八幡神社(譽田別命)、阿府神社(武内宿禰命)の5社が村社として地域の人々の信仰を集めて参りました。中でも記録に残るものとして最も古くからあるのが、阿府(あぶ)神社であり、その歴史は仁和元年(885年)に遡るといわれております。時の天皇、光孝天皇が師岡に勅使を遣わされ熊野神社を創建なされた時、勅使がその途上、馬具の鎧をお納めになったことからその名が付いたと史書には書かれております。

『〇〇神社』HPより

阿府神社・・・仁和元年(885年)、武内宿禰命、光孝天皇、馬具の鎧・・・。

阿府(あぶ)= 阿夫利(あふり)?・・・崇神天皇。


・・・・・・何かが繋がりそうな気配です。


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