不安をなくし満ち足りた気持ちになる方法8個
不安があると、無意識のうちにその不安から逃げようとして、ダラダラと無駄に時間を過ごしてしまったり、ついつい夜更かししてしまって睡眠の質が悪くなったりする。
そうすると、仕事も勉強も趣味も質が低下し、人生全体の質が低下してしまう。
この問題を解決するには、不安をなくし、満ち足りた気持ちになればいい。
基本的には、以下をやると効果がある。
…… と言うだけでは抽象的過ぎて良くわからないと思うので、
それらを実行するための具体的な方法を8つ紹介する。
これら以外の方法を知っている方は、コメントで教えていただけると嬉しい。
(1)歌う
いつ歌っても効果があるのだが、
特に寝る30分~1時間ぐらい前に歌うといい感じになることが多い。
1~2曲歌うだけでいいので時間もたいしてかからない。
不安があるとダラダラとネットを見続けたりしてつい夜更かししてしまうが、歌うと満ち足りた気持ちになって、気持ちを切り替えてすぐに寝る体勢に入りやすくなる。
防音性能が低いアパートに住んでいたりして夜にあまり大きな声を出せない場合は、小さめの声で歌うしかないが、小さめの声でも十分に効果はある。
あと「家族と住んでるので歌いづらい」という方もいると思う。そういう方は入浴中に歌うといいかもしれない。
歌うとき、次の点に気をつけると、より効果が大きくなる。
曲は、自分の気持ちを込めやすい曲ならなんでもいい。
別に明るい曲でなくてもいい。
切ない曲でも、気持ちを込めて歌えば、なんだか納得するような気持ちになる。その気持を受け止めやすくなる。
もちろん、明るい曲でも、気持ちを奮い立たせる曲でも、朗らかな気持ちになる曲でも、なんでも好きなものを歌えばいい。
知っている歌がない?
そういう人は、子供の頃に歌った歌を歌う。幼稚園や小学校の時に習った歌とかでもいい。
『大きなのっぽの古時計』とか覚えてない? あれは、むしろ大人が歌ったほうが泣けてくる。
歌詞を覚えてない?
そういう人は、ググって出てきた歌詞を見ながら歌う。
音程を覚えてない?
YouTubeで検索して出てきた動画を見ながら歌う。
音痴?
そんなの気にすんな。
これは他人に聴かせる歌じゃないんだ。自分のために歌う歌なんだ。
(2)気持ちを全身で表現する
たとえば、生きている喜びを全身で表現する。
別になんでもいいけど、下を向いてしゃがんで身体を縮めて、そこから一気に伸び上がって、上を向き、両手を広げ、背をそらし、うわっはっはあああ!と豪快に笑ってみるとか。
ぴょんぴょん跳びはねながら、うおー、うおー、私は生きてるぞー!と言ってみる。
両手を掲げて回し、腰もぐるぐる回しながら、いぇーい、ノリノリだぜー、とか言ってみる。
外にいるなら、気持ちをのせてスキップしてみる。
ぐるぐる回転しながら、あははははと笑う。
完全にヤバい人である。
そんな気分になれない?
そういう時は、今の気持ちを全身で表現してみよう。
悲しかったら、両手で顔を覆って、うえーんと言ってみる。実際に泣くのは、なおいい。
腹が立っていたら、拳を振って、憤怒の表情で、ちきしょう、このやろう!と言う。
手を振り回して暴れるのもいい。
身体だけでなく、表情や声にも気持ちを込めて、とにかく全身で表現する。
自分の気持ちを高い解像度で観察し、それらを、いろいろな動きで表現してみる。
コツは、演劇をやっているつもりになること。
舞台の上の役者のように、全身を使って、細やかな感情を表現する。
自分という物語の中で、自分という人間の役を演じる役者になって、自分を力いっぱい表現して、心の奥底にある感情を解き放つ。
(3)踊る
今の自分の気持ちを表現する踊りを、即興で作って踊る。
踊りながら、どんどん面白い踊りのパターンを作ったり、修正したりしていく。
踊りの作り方が分からない?
デタラメでも適当でもいいから、とにかく適当に手足を動かして踊ってみればいい。
これは人に見せるための踊りではなく、自分だけのための踊りなので。
もっと踊りのパターンを増やしたい?
そういう人は、まずはマネをしてみる。
YouTube動画を見ながらマネして踊る。
最初は上手くマネできないが、何度も見ているうちに、だんだん上手くなってくる。
最初は、難しいダンスだとマネできないので、自分がマネできそうな簡単なヤツを選ぶ。
ちなみに、shirobakoのエンゼル体操をご存じだろうか。物語中では「踊った後に天使のような気分になれる」として紹介されている。動画が速すぎるとと感じたら、YouTubeの設定で再生速度を遅くする。
ダイエット用のダンス動画でもいい。誰でもできるように簡単な動きにしてあるから。
ただし、やってて楽しいのをやる。
義務的にやると逆にストレスが溜まる。
これは寝る直前にやると身体が興奮して眠れなくなってしまうことがある。
だから基本的には朝とか昼にやる。
夜やりたければ寝る3時間以上前にやる。
どうしても寝る前にやりたいのなら、興奮しないように、ゆったりとした動きの踊りにする。
在宅勤務の人は、仕事の合間に、ちょくちょく踊るといいと思う。
座って仕事していると「立つ」という動作をしないと踊り出せないので、どうしても踊る頻度が低くなる。
そこで、スタンディングデスクにすると、いつでもすぐに踊り出せるので、踊る頻度が高くなる。
実際、私は、スタンディング・デスクにしてから、踊る頻度が上がって、いい気分になる頻度も上がった。
今もこの文章を、踊りをちょくちょく挟みながら書いてる。気分が良い。
(4)睡眠薬
不安をなくし満ち足りた気持ちになるために、一番確実に効果があるのは睡眠の質を上げること。
そのために一番確実に効果があるのは睡眠薬を飲むこと。
なのにこれを忌避する人が多い。もったいない。
質の悪い睡眠薬しかなかった時代の悪いイメージがアップデートされていないせいだろうか。
実際には、最近は、技術の進歩で、いいのが出てきているのに。
もちろん、既に質のいい睡眠がとれている人には睡眠薬は必要ない。
しかし、睡眠の質の悪い人は、医師に相談して睡眠薬も検討した方がいい。
睡眠薬を飲むのは健康に悪い?
依存性が生じて、睡眠薬を飲まないと眠れなくなってしまう?
頭の回転が悪くなる?
長期で飲んでたらだんだん効かなくなってくる?
長期で飲んでいると副作用で変な冷感や悪寒がするようになる?
うん。
ぼくもそうなった。
だから昔、僕は睡眠薬は止めてしまった。
しかし、新しいタイプの睡眠薬が日本で認可されたので、医師に相談して試してみたら、それらの問題が概ね払拭された。(※個人差があります)
僕が医師から処方されたのは、デエビゴとルネスタのカクテル。
僕は、昔、ベンゾジアゼピン受容体に作用する睡眠薬を服用していたのだけど、いろいろ問題が出てやめてしまった。
ベンゾジアゼピン受容体に作用する睡眠薬を長期服用して依存性が生じたり、副作用が出てしまったりする人は、僕以外にも多いらしい。
しかし、デエビゴとルネスタは、ベンゾジアゼピン受容体に作用するタイプの薬じゃない。
ルネスタは人によっては苦味を感じるという副作用が出るらしいけど、僕には出なかった。
というわけで服用しているんだけど、今のところ調子がいい。
人によると思うけど、まだ試していない人は、医師と相談の上、試してみる価値ぐらいはあると思う。
ちなみに、個人的には、睡眠薬が上手くいくかどうかは、量の絶妙な調節が重要な気がしている。
僕の場合、医師から処方される睡眠薬は、そのままだと量が多すぎたり少なすぎたりして、いまいちだった。
少なすぎると効かないし、多すぎると翌日だるくなる。
なんでそうなるのか?医師が処方する睡眠薬は、分量の調節が雑すぎるからなんじゃないか?という疑いを持った。
たとえば、デエビゴだと、2.5mg、5mg、10mgの3種類ある。
3.5mgがちょうどいい人や、7.5mgがちょうどいい人用の薬はないのだ。
そのことを医師に言ったら、錠剤を砕いて、自分で調節して使えと言われたので、そうしている。
具体的には、ピルカッターで錠剤を4分割とかして、量を微調節して服用するようにしたら、いい感じになった。
もちろん、人によると思うので、気になった人は、あくまで医師と相談の上で試してみるといいと思う。
別に睡眠専門のクリニックに行かなくてもいい。どこにでもあるごく普通の内科で、わりと簡単に処方してもらえる。
(5)不安を書き出す
不安を全部ファイルに書き出す。
ひたすら書き出す。
徹底的に、少しも残らず書き出す。
スゴ本さんは「書いた不安を1年後に読み返す」を実践しているらしい。
彼によると、「ほとんどの不安は一年もたない」そうである。
それを聞いて、「私の場合はどうだろう?」と思って、昔書いたファイルを読んでみたら、だいたい以下のいずれかになっていた。
(1)~(5)がほとんどを占めていた。(6)と(7)はレア。
つまり私もスゴ本さんと同じで、「ほとんどの不安は1年もたない」であった。
あと、よく、Twitterやブログに不安を書いている人がいるが、それはおすすめしない。
それをやると皆が同情してくれて気分がよくなるのだが、問題が生じる。
他人に見られる場所に文章を書くと、どんなに正直に書いたつもりでも、他人に嫌われるような部分や、反発を招きそうな部分や、ガチで軽蔑されるような部分や、人格を疑われるような部分は、無意識のうちに、書くのを避けてしまう。まるでそれらがないかのように書いてしまう。
そうすると、なかなか不安の核心にたどり着けない。
だから、誰にも読まれないファイルに書き出さないといけない。
あと、徹底的に正直に書かないといけない。
具体的にはフォーマットとしては、自問自答するのがいい。
なにか気になることがあれば、それを問の形で書き、その問に答えていく。
そうするとそれに触発されて新たな問が出てくるので、それらに答えていく。
それをどんどん繰り返して、深く深く、自分の中に降りて、自分の核心の核心の核心へと迫っていく。
(6)文学
対処療法としては、娯楽作品がいい。
冒険活劇でも、SFでも、ミステリーでも。
一時的に不安を忘れるし、気晴らしになるから。
でも、より根本的な不安の解消を求めるなら、文学作品がいい。
ただし、文学作品ならなんでもいいわけじゃない。
今の自分が切実に問題としている問題を扱った文学作品が効く。
本当に心に響く文学作品は人によって全然違うから、「お薦めの文学作品」なんて記事があったとしても、だいたい役に立たない。
名作・傑作と言われる文学全集を読むのも退屈なだけだったりする。
多くの人にとっての名作・傑作が自分にとってゴミであることは、すごく多い。そうなるのは、能力や感性の問題というより、単に、自分が問題としていることと他人が問題としていることが違うというだけのことが多い。
媒体は、マンガでも、アニメでも、映画でも、なんでもいい。
しかし、現実的には、小説がいい。
なぜかというと、文学作品の品揃えは、小説が圧倒的に充実しているからだ。
品揃えがいいと、その中から自分に合うものを見つけられる確率が高くなる。
文学作品を読もうとすると、途中で挫折してしまう?
そういう人は、短編集から始める。
短編でも心に染みるものはたくさんある。
文学作品は読みづらい?
そういう人は、娯楽作品と文学作品の中間みたいな、口当たりのいい短編小説から始めるといいと思う。
私が最近読んだものの中では、スゴ本さんに教えて貰った伊坂幸太郎『小説の惑星』という短編小説集は面白かったし、小説を読み慣れていない人でも軽く読めそうだと思った。
そんな感じに短編集を読んで、自分の好みの作品にあたりが着いてきたら、少しずつ普通の文学作品を読んでいけばいい。
あと、好みによるけど、詩が好きな人は、詩集を読むといい。ハマる人はハマる。
自分の好みがまだよく分かっていないうちは、アタリが出るまで延々とガチャを回し続けなければいけない。
なぜかというと、何がアタリかは人によって全然違うので、万人に共通する「アタリのリスト」など存在しないからだ。
だから「アタリのリスト」は自分で作らなければならない。そのためには、延々とガチャを回し続けなければならない。
少し読んで「ちゃうな」と思ったら、どんどん次のガチャを回していかなければならない。
なので、いちいち本を買っていると財政破綻する。
そこで、図書館という無料ガチャを使う。
図書館ならアタリが出るまで無限にガチャを回せる。
文学作品というものは、別に最新のものでなくてもいいので、書店で新刊を探す必然性は薄い。
だから、「自分の好みの文学作品を見つける」というミッションは、図書館でやるのが一番現実的なのである。
(7)朗読
自分の好きな詩や小説を朗読する。
気持ちを込めて朗読する。
厳つい男の台詞は、厳つい男になったつもりで読み上げる。
ひょうげた男の台詞は、ひょうげた男になったつもりで。
小さな女の子の台詞は、小さな女の子になったつもりで。
地の文は、単に読み上げるのではなく、誰の視点から見た文なのか意識しながら読む。
ひと続きのように見える地の文でも、文ごとに視点の主体が切り替わっていったりするので、視点の主体が変わるごとに、誰のどのような気持ちを込めるべきかを鑑みて読む。
声のトーン、イントネーション、強弱、スピードだけでなく、表情も変えながら読む。
身振り手振りも入れるのもいい。
電子書籍をモニターに表示しながら朗読すると、身振り手振りがやりやすいので、お薦めである。とくにスタンディングデスクの場合、これがやりやすい。
紙の書籍の場合は書見台を使えば同様のことが出来る。
ちなみに、スゴ本さんは、デカいモニターに『チェンソーマン』という漫画を表示し、デンジ(登場人物)と同じ表情をするという遊びをしたら面白かったそうだ。
マンガの朗読をやる場合、これも試してみると良さげである。
話を戻す。
とくにお気に入りの文章は、何度も何度も、気持ちを込めて朗読する。そうすると、どんどん気持ちが乗ってきて、自分の中にあるいろんな気持ちがあふれ出てくる。それがいい。
いまいちやり方がよく分からない人は、上手い人の朗読を聴いて研究する。
たとえば『100分de名著』の朗読はさすがに上手い。
(8)仕事
上記をやり続けていると、自分の仕事・生活・趣味でいろいろあっても、「仕事ってそういうもんだ」「生活ってそういうもんだ」「趣味ってそういうもんだ」って受け入れられるようになってきたりする。
……といいんだけど、実際には、必ずしもそうなるとは限らない。
そもそも諸悪の根源が自分の今の仕事であることを確信してしまったりする。
上記をやっていると、たとえば世間体や金や安定に執着しているのがアホらしくなってきたりする。
なんのために世間体を守ろうとするの?
なんのために安定にしがみつくの?
死ぬまでのわずかな間だけ安定していることになんの意味があるの?
それよりももっと大切なものがあるんじゃないの?
嫌なことを我慢して今の仕事や生活をやってる意味あるの?
我慢した果てに何があるの?
我慢した果てに老いて死ぬだけであるのなら、我慢せずに生きた方がよくない?
あるいは、「理想のために不安定な暮らしを続けてたらダメになってしまう。今の私には『普通に生活し、日々を穏やかに生きること』が決定的に必要だ。そのためには、まずは安定。理想を追い求めるのはその後でいい」って考えになるかもしれない。
あるいは、「金が重要じゃない、なんてのはキレイゴトだ。やはり金だ。金は重要なのだ。今の俺に決定的に欠けているのは金なのだ。金よりも大切なことがあるのはその通りだが、金がなくてもいいという考えはキレイゴトのゴタクだ。俺はまずは金を得るぞ。そして俺の人生を始めるぞ。ウォー」ってなるかもしれない。
つまり、仕事・生活・趣味の根源的な意味が問い直されると、今までの延長線上で仕事・生活・趣味をやることに疑問を抱くようになったりする。
もちろん、今の仕事・生活・趣味を「それでいいんだ」って深く受容できるようになるパターンもあるから、一概にどうなるかは人によるとしか言えないけど、諸悪の根源が仕事だった場合、いくら歌っても踊っても文学作品を読んでも対処療法にしかならず、結局のところ、仕事を変えない限り根本的な不安の解消にはならない。
おわりに
個人的にはもっと重要なことはあるけれど、広く一般にお薦めできるもので、今すぐ思いつくものは、こんな感じ。
冒頭で紹介した基本原理を、あらためて振り返ってみよう。
基本的には、この二つをやりながら、自分の奥の深いところにあるものを、どんどん引きずり出して、それと向き合って、対決して、隠された自分と表に現れている自分を溶け合わせ、自分自身を了解していく。
自分の人生とはこういうもんだ、と了解し、だんだん受け入れられるようになっていく感じ。
そうすると、不安が減り、気持ちが落ち着き、満ち足りた気持ちになることが多くなっていく。
もちろん、認知行動療法とか泳ぐとか散歩するとか、他にもいろいろやり方はあると思うので、コメント等で教えていただけると嬉しい。
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※この記事は、文章力クラブのみなさんにレビューしていただき、ご指摘・改良案・アイデア等を取り込んで書かれたものです。