妥協点
まだ寒さの続く2月の末、クルマの定期点検のためにディーラーを訪問した時のこと。
鍵を預けてテーブルに座り、ノンシュガーのホットカフェオレを注文した(なんと、タダなのだ)。
持参した本を読みながら待っていると、2〜30代の若いスーツ姿の男がカフェオレを運んできて、
「はじめまして、今度、◯◯さん(僕)の担当になりました※※です」
と挨拶をしてくれた。
「あぁ、どうも」
と、ややそっけない返事をするやいなや、
「それ、宇宙の本ですか?」
と質問をしてきた。
(人の読んでる本を覗くなよ)と内心思いながら、とりあえず当たり障りなく返していたら、いつの間にか彼の身の上話が始まっていた。
東京で全く別の仕事をしてただの、地元に戻ってきただの、副業を考えてるだの、今は林業が熱いだの、全く興味がないので適当に相づちを打っていたのだけれど、どうもその彼は【欲しいものは全て手に入れたい】という人らしい。
もう何を言っていたか事細かには覚えていないけれど、その印象を強調づけたのが、
「僕、自由でいたいから結婚はしたくないんですよ。でも、子どもは大好きだから欲しいと思ってるんです。どうすればいいですかね?」
という言葉。
知らんよ、と言いたいところだったけど、真面目に答えた。
「だったら、結婚はしないけど君との子どもを育ててくれて好きな時に会わせてくれる。そんな人を探せばいいんだよ」
彼は少しキョトンとして、
「いや、そんな人がいれば苦労はしないですけどね」
と返すが、僕は続ける。
「だって、独り身の自由と子どもの両方ほしい。だったらそんな人を見つけるしか僕にはいい方法が思いつかない。それが無理なら諦めるしかないんじゃないかな?」
カフェオレはすっかり冷たい。
「人は時間も体力も何もかも有限だから、色んな物事に優先順位をつけて、折り合いをつけて選択して生きてるんだよ。二択を迫られた時、どちらも捨てられないんだったら、どちらも取れる方法を探すしかない。でも、それはさっきみたいにとてもハードルが上がってしまう。それでも譲れない願いなのか、そこまでではないことなのか、やっぱり人生は二択の連続なんだよ」
その後の会話は、もうほとんど忘れてしまったけど、最後に彼が「◯◯さんと話せてよかった」と言ってくれた気がする。
欲しいものは全て手に入れたい、そのために努力を惜しまない人は大好きだ。
でも、それを楽して手に入らないかと何かを期待して待っている人が、僕は正直苦手なのだ。
何やら色々と熱く語ってた彼が前者であるといいなと、軽く思いながら店を後にした。
翌日、僕はディーラーに担当を変えてくれと言うか否かの二択に迫られて、面倒くささが勝ってやめた。
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