愛することや 愛されることに 努力なんか 要らなかった 幼き日を想う
雲よ 雲がゆく おれもゆく アジアのうちにどこか さびしくてにぎやかで 馬車も食堂も 景色も泥くさいが ゆったりとしたところはないか どっしりした男が 五六人 おおきな手をひろげて 話をする そんなところはないか 雲よ むろんおれは貧乏だが いいじゃないか つれてゆけよ 谷川雁
バスを降りたら 田舎の夜 星空の下 カエルの鳴き声と 実家まで
本が3冊と CD2枚で 55円だった日 980円のラーメン 食べて帰る
旅上 ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりにも遠し せめては新しき背広をきて きままなる旅にいでてみん。 汽車が山道をゆくとき みづいろの窓によりかかりて われひとりうれしきことを思はむ 五月の朝のしののめ うら若草のもえいづる心まかせに。 萩原朔太郎
女西洋人 どこの国の人だろうなあ あの人はいいことをしたんだがなあ なんであんなに赧い顔なんぞするんだろうなあ 汽車のがらす窓はずいぶんと重いんだし あのおばあさんはその締め方を知らないんだものなあ それを見かねてつい締めてやっただけのことだものなあ なんであんなに顔の下の方から赧くなんぞなるんだろうなあ もうずっと上の方まで顔いちめんにまっかだがなあ 親切をしてやったことがあの人には恥かしいのかなあ それともおばあさんがなんぼやっても駄目だったことが あんまり造作もなくそ
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わかれ あなたは黒髪をむすんで やさしい日本のきものを着ていた あなたはわたしの膝の上に その大きな眼を花のようにひらき またしずかに閉じた あなたのやさしいからだを わたしは両手に高くさしあげた あなたはあなたのからだの悲しい重量を知っていますか それはわたしの両手をつたって したたりのようにひびいてきたのです 両手をさしのべ眼をつむって わたしはその沁みてゆくのを聞いていたのです したたりのように沁みてゆくのを 中野 重治