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第103〜patience〜

もう連日、体調が優れないままでいる。

学生時代に懊悩を抱えるのと、社会人になってからそうなるのとでは、性質がまるで異なる。学生の頃であれば、時間をとことん浪費して悩むことができた。私の具体的な悩みに救済を与えてくれるような本を探し回ることができた。私は、すがりつくようにして言葉を求めた。しかし、今はもうそんな暇はどうしたって作りようがない。要するに時間が無いという点に尽きる。

しかしその時間の無さが救いに変わることもあるだろう。目の前のことに専念すると余計なことを考えずに済むこともある。が、目の前のことに専念するということがそう容易なわけでもない。今の仕事、今の職場に立ち止まる覚悟があるならば別だが、私はこの先いかにして生きていけばよいのか、さっぱりわからず悩み続けている。

高等学校の教員か、お笑い芸人か、居酒屋の店員か、バーテンダーか。いずれにせよ塾の教師として何十年も勤続するつもりは毛頭ない。ただ、どの仕事をするにも足枷となるのが金である。金のない状況が身柄を拘束し、身動きを取れなくしている。しかしいつまでもこうしてはいられないという焦りが出て来て、早く動かねばならないと思うのだが、それが上手く行くのかもわからぬ不安に結局は負けて、いつまでもモジモジしたままでいる。


教室の統制が取れない教師には怒りが込み上げる。ちゃんと授業をしやがれ。上手か下手か以前に、集団としての秩序を保つことさえできないレベルで教壇に立つな。が、そんなことを本人に直接吐露するわけにもいかないので、怒りを押し殺すようにしてため息をつくしかない。

いやいや、まともに授業のできる教師自体がそもそも実は少ないのである。しかしこれは、教師と同時に生徒のレベルまで検討に入れなければならない。ガヤガヤやっている授業にはクレームが1つも入らないというのに、駄目な態度を駄目とキッパリ指摘する私には文句が出てくる。

今までこの教室にいた教師連中が、こういう生徒を野放しにし続けて来たわけである。だから自分が駄目だったのだなどとは少しも思っていない。生徒の成長よりも、面倒ごとが起きないことの方を優先して来た結果がこれである。一体大人はどこまで情けないのか。

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