君とコーヒー
目を覚ますと日が大分高い所にあった。
休日なのをいいことに昼近くまで寝てしまったらしい。
隣を見ればもぬけの殻だった。
一気に眠気が覚めていく。
飛び起きてリビングに行くと、ミズキは奥のキッチンにいた。鼻唄を歌いながら洗い物をしているらしく、声をかけるまでセナに気付かなかった。
「おはよ」
「うわ。びっくりした」
ミズキは手を止めて振り返る。
「何か食べる?」
「いや、コーヒーだけでいい」
「わかった。ちょっとあっちで待ってて」
ミズキが洗い物の続きを再開したため、セナは大人しく椅子に座って待っていることにした。
右に左にちょこまかと動き回る後ろ姿は見ていて飽きない。
ミズキが何も言わないのをいいことにセナはじっくりとミズキを眺めていた。
「お待たせ」
数分もしないうちにミズキがマグカップ片手にやって来た。
マグカップにはコーヒー。ミルクも砂糖もいれないブラックがセナの好みだ。
マグカップに口をつける。喉を通って胃に落ちていくコーヒーはただ苦いだけではなく何とも言えない旨味があった。これは何故かミズキにしか出せない。同じようにいれているはずなのに自分では出せないのが不思議で悔しかった。
ミズキは頬杖をつき、コーヒーを飲むセナを見ていた。
「おいしい?」
「まあ」
「でしょ。愛情たっぷりこめていれてますから」
胸をはり、得意気に言うミズキ。
返す言葉が見つからずセナは無言でマグカップに口をつけた。
「じゃあそろそろ行くね」
唐突にミズキが立ち上がる。
時計を見れば一時を少し過ぎたところだった。
「まだ早くないか?」
「いいの。あんまり長居すると寂しくなっちゃうから」
「そうか」
「じゃあね。あ、見送りはいらないから」
手を振り、ミズキは足早に廊下を歩いていく。一度も振り返らないのはミズキなりの強がりか。
玄関で扉の開閉音が聞こえた。
おとずれた静寂に長く息を吐き出し、底に残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「本当。せっかちだな」
遺影のミズキが笑ったような気がした。
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