5.田原レイマンの墓石

四条畷市立歴史民俗資料館所蔵 
無料 (月曜と年末年始 他に長期休館期間ありHP要確認) 

  2002年、四条畷市田原台田原城跡の隣接地域で、田原氏の菩提寺だった千光寺跡(田原城の北400m)の発掘調査が行われた。作業中に墓石が出土したが、石には「天正九年(1581年)辛巳(かのとみ)礼幡(レイマン) 八月七日」と刻まれていた。1575年のフロイス書簡に、相国寺の織田信長を表敬訪問した河内のキリシタン武士「田原レイマン」の名を記録しており、名前が一致していることがわかった。フロイスの記述の正確さを示す大発見だった。


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 キリシタンの墓石は僅かしか遺されていないが、時代も形状も後述する京都の墓碑群とは全く異なる。所在が明らかではなかった千光寺の発掘作業中にはからずもこんなすごい石が出土した。塀の遺構の下から見つかっており、後年にみつけられて荒らされることがないようわざわざ丁寧に塀の下に埋められたと考えることもできる。発掘の詳細については↓のリンク記事を参照。


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