13. 曲直瀬道三の石碑

 曲直瀬道三

 曲瀬道三は最も優れた学者の一人で「医聖」と称されるほどの都の医師であった。たまたま結石症治療を受けたイエズス会士フィゲイレドと語り合ううちに親交を結び、1584年12月、77歳のとき、オルガンティノにより受洗する。


 『日本の…すべての医師のうち特に優れた3人の医師が都にいた。その三人のうち道三と称する者が現在第一位を占めている。…この者は医術に秀でているのみならず、多くの他の希有の才覚を兼備しているところから…敬われている。』(五畿内篇Ⅲ第59章)

 『司祭は道三が禅宗に帰依していて、霊魂の不滅とか栄光の報いとか来世の苦患などはないものと信じており、人間の生命が終わると同時に人間のすべてが終わり、人間は、禅宗が本分と称している生命も死もない一つの混沌状態に帰するものだと信じていることを承知していたから…言った。「…その混沌は…知恵も生命も善もないのだから、己にないものを被造物に与えることはできぬ。」道三は答えた「私は日本の諸宗派のことに通じているが、そのいずれにも心から安んずることはできないから…禅宗にさえ、帰依したことはない。ただし、私には私なりの考えがあってそれで過ごしている。」と。…「この年齢になった今、何が悲しくて新たな考察などに耽る必要があろうか。」司祭曰く「今ほどそれが大切な時はない。御身はもはや(人生の)終わりに(達して)おられるからだ。」と。…「主は…被造物が自らの力に応じてなしうる以上のことを欲し給いはしない。』

 『...異教徒たちの間では彼の改宗の話でもちきりで…異教徒たちによって天皇の許では悪意に解釈されたので…使者を遣わし「キリシタンの教えは…(道三に)ふさわしくない。それは日本の神々(カミス)の敵であり、神々を悪魔呼ばわりし、まさしくそのお怒りを招く教えである」と...道三は「デウスの教えを説くものが日本の神々を悪魔呼ばわりするのを聞いたことはありません。と申しますのは、伴天連方は、日本の神々とは、人間であって、ずっと昔の皇族とか、日本の貴族出の主要人物であることを熟知しているはずだからです。むしろ、(キリシタン宗門)は、徳を説き、すべてにおいて公正なことを教えるものであると承知しています。」と。道三は…日本人修道士に(これから)注意するように…言った。「(日本の)神々について語るときには、それらは死すべき人間と同様のものであると言い、その力や功徳は人間を救いえず、また現世のことに対してもなんら利用するところはないものだと説明するのがよい。…(衝撃を受けぬように)控えめな言葉で...。』(五畿内篇Ⅲ第59章)

 ここで行われた会話は極めて現代的(普遍的)な内容である。
 ”日本の神々は過去の貴人である死者でありそれを偲ぶことは良いことではあるが、現世をどう生きるのか悩む人々にとって指針を与えるものではない。対してフロイスらが説く言葉はすべてにおいて公正なことを教えようとしていることを道三は言っている。過去の貴人である死者を尊ぶこと、及びその儀式を生者が何かを犠牲にしてまで執り行うようになるまでに傾倒すれば人は道を誤る。
 そして、司祭はそれぞれが力に応じてなしうる以上のことは求めないことを説いた。それがフロイスらの考えるところ信じるところであった。


曲直瀬道三の石碑
十念寺:京都市上京区寺町通今出川上ル鶴山町13

十念寺の門前に曲直瀬道三の石碑がある。寺の中には入れない。この寺の中に曲直瀬道三の墓と曲直瀬道三顕彰碑文があるが、「施薬院全宗」(後述)の墓もここにある。全宗の墓は、小さいが重々しい木造の霊廟の中に収められている。門前の石碑だけでわざわざ見に行く価値はないので、「旧三井家下鴨別邸(500〜900円)」や「出町ふたば(名代豆餅5個1000円:行列あり)」「満寿形屋(鯖寿司ときつねうどんセット1300円)」などのついでに訪ねればよいだろう。

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