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08-4

「あれ?そういや相田はどこ行った」

 言われて気付いた。相田の姿が無い。辺りを見回すと、少し離れた通路の角から当人が姿を現した。両手に何か箱を持っている。

「ここに来たらこれ食わなきゃー」

 満面の笑顔でテーブルに置いた箱を開ける。片方にはみっしりと鯛焼き。もう片方にはみっしりとシュークリーム。

「ま、まだ食えるの?!」
「デザートは別腹って言うじゃないですか」
「確かに……いや、待って、でも、え? あれ? ベツバラ?」
「まあどうぞどうぞ。食べましょ」

 大の男三人が、平日のショッピングモールで、鯛焼きを食う図。そのうち一人は金髪碧眼。
 すでに網屋は色んなものを諦めて、ほぼ無心で鯛焼き(クルミ入り黒餡)を食う。

 そんな網屋だったが、ほぼ真正面にジューススタンドがあることを発見した。

「水分確保してくる」

 と立ち上がった瞬間。

「先輩! 俺、オレグレのLサイズで!」

 鯛焼き二個目に取り掛かっていた相田が小学生ばりに真っ直ぐ手を挙げて宣言する。

「……お、おう」
「じゃあ、俺は同じやつのレギュラーで……」
「あいよ……」

 ほぼ一方的に相田のペースに乗せられ、相田の要求通りに事が進んでいるような気がするが、深く考えるのは止めた方がいい。

 で、完成するのは、大の男三人が、平日のショッピングモールでフレッシュジュース飲みながら甘味を食い漁る図。

「それにしてもさ」

 ジュースの中の氷をがりがりと咀嚼しながら、網屋が射るような視線をまき散らしつつ吐き出す。

「視線、すげえな」
「そっすね」

 相田の顔も同様になっている。

「え、何の話」
「オメーに対する女性からの視線だよ」

 目立つ。シグルドは非常に目立つ。女にとっては良い意味で、男にとっては悪い意味で。当のシグルドは意に介していないからだろうが、残りの二人には通り過ぎる女性の囁きが嫌というほど聞こえてくるのだ。

「オメエみでえな奴がいっから、オラたちに出会いが無くなるんだべ」
「んだんだ。雇用の均等化が成されないのは、オメさまがいっからだっぺ」
「そんな事言われてもなぁ。俺のせいじゃないでしょ」

 とか言っておきながら、二人に向ける笑顔は明らかに「対外用」のものである。二人の苛立ちは膨れ上がる。

 そこへ、平日のこの時間になぜここにいるのか疑問が残る女子高生が二人、テーブルへと近づいてきた。

「あのぉー」

 話し掛けられた対象は、網屋と相田ではあったのだが。

「その人と、写真撮ってもいいか、聞いてもらっていいですか」

 その人、とは勿論シグルドのことである。二人の苛立ちが殺意レベルにまで上昇する。

「こいつね、芸能人でもモデルでもないよ?」
「えー? ウソォー……」

 でも、とか、だって、とかモゾモゾ言い始めた女子高生に、やはり外ヅラ全開状態で笑顔を向けるシグルド。

「でも、サックスの演奏はしてますよ」
「すごい、日本語ペラペラ」
「ありがとう。勉強したので」

 しれっと言ってのけるシグルドに、容赦なく舌打ちする網屋。

「写真で良ければ、いくらでもいいですよ」
「キャー! やった! お願いしますっ」

 一人づつキャアキャア言いながらスマホで撮っている姿を、シュークリームを貪りながら睨む男二名。

「先輩、あれって、肩に手ェまわしてませんか」
「だな。アイツ消滅すればいいのに」

 そんな乾ききった目の二人に、追い打ちを掛ける女子高生。

「あの、三人で撮りたいんで、撮影してもらっていいですかぁ」

 殺意が質量を持つのではなかろうかという程に増大する。せめてもの救いは、相田と網屋の両名にスマホが渡されたということだ。一人で二回撮らずに済む。彼等にとって二回撮影など、拷問に等しい所業である。

 画面に大写しになる爽やかなイケメン笑顔と、紅潮気味の女子高生。無表情のまま撮影し、無表情のままスマホを返却し、無表情のまま女子高生を見送る相田と網屋。

「相田、あれって、腰に手ェまわしてやがったよな」
「ですね。呪われてしまえばいいのに」

 呪詛を吐くその声は地を這う如くに低く、虚ろなその瞳は深淵の如く暗い。

「なんつー顔してんだよ二人とも。チベットスナギツネみたいになってるぞ」
「死ね。今すぐ死ね。滅びろ」
「かゆくなれ。手の届かないところが、かゆく、なれ」
「ねえ相田君のソレ何コワイ」

 相田に至ってはテーブル上にぶち撒けた彩◯の宝石を片付け始める始末である。

「シグルドさんに食わせる彩果の◯石は無ぇ」
「えっ、ひどい。じゃあ自分用の買ってくる」

 そう言って実際に買いに行ってしまうシグルド。よく考えれば自分用の土産を用意していなかったのだから、それくらいは許されるべきであろう。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。