ヘッダ二章2

業務実績 8)「私服勤務も場合により大丈夫です。」

 突然の出来事にDJの手は止まっているが、曲は流れたままだ。フロアを揺るがすドラムと地を這うように唸るベースが、何かの音を掻き消した。誰も動いてはいないのに、ひとりが血を流して倒れた。額には銃痕。
 貴士は撃っていない。まだVIPフロアにいる鉄男も吹雪もだ。だが、誰かが銃を撃ち、『龍の巣』の構成メンバーが倒れたのは事実であった。これまた突然の出来事に思考停止している間に、貴士の凶刃が迫る。袈裟懸けに斬られた男は果たして、自分が斬られたのだと認識できただろうか?
 もうひとり倒れる。今度は胸の辺りに穴が開いている。しかも先程倒れた男とは別の方向に体が倒れた。狙撃されているのだと気が付く頃には既に遅く、上から飛び降りてきた鉄男のカランビットが喉を切り裂いている。

「間の抜けた連中だ」

 フロアの端、VIPフロアとは反対側に、もう一つ小さなエリアがある。こちらはガラスなどの仕切りはなく、開放型のスキップフロアだ。VIPフロアより一段落ちる予約席というやつで、そこの出入り口の影に、高級スーツに身を包んだ男が狙撃銃を構えて立っていた。丁度照明が当たらない箇所で、隠れるにはもってこいの位置である。
 男の手がストレートプルのボルトを引くと、鈍い黄金色の薬莢が転げ落ちた。素早くボルトを戻し再装填。

「本当に武装が解けてましたね」
「だろう? 僕なら警戒を解かないね、というより解けないよな」

 インカム越しの会話をしながら、男は撃つ。こちらもつい先程まで、十鬼懸組のカジノパーティ会場にいたはずだ。『安藤』の代理人と称して。

「おかげさまで狙い放題撃ち放題だ。伯、この距離のいい練習になるからどんどん狙え。ある程度経ったら位置を変えろよ」
「はい、分かりました。頑張ります」

 顔の横、頬のあたりに髪が落ちてきて、どうもそれが気に食わないらしく、男は一つにまとめた髪を解いてしまった。落ちてくる横の髪をまとめ、ハーフアップに縛り直す。

「いっそ、僕と競争してみるか? どちらが多く倒せるか」
「そんな、無茶を言わないで下さい二郎さん……」
「無茶なんかじゃないぞ。お前さんならできると思うがな」

 男、即ち二郎は薄く笑う。

「一応、僕の方にはハンデもあるし」
「え、本当ですか?」
「借り物のスーツをできるだけ汚さないようにしなきゃならん」
「えぇ……? それって、近接戦闘でもしない限りは……」
「アハハばれた。残渣が飛んでるから既に汚れてはいるんだけどな、クリーニングで何とかなるから。多分」

 次々と狙い撃つ。面白いように敵が倒れてゆく。

「さて、近接に持ち込まれるとすごく困るので、二郎お兄さんは移動しますよ」
「はい、分かりました。スーツ、破いたりしないように気を付けてくださいね」
「不吉なことを! 弁償できる額じゃない!」

 暗闇に紛れて二郎は姿を消す。敵方の誰も、全く気付かぬまま。


 そんな二郎と入れ替わるように、いや誰も気付いていないのだから入れ替わると言うのはいささか語弊があるが、何者かが音を立ててダンスフロアへと突っ込んできた。音と言ってもやれ車だとかバイクだとか、そんなものではない。
 自転車だ。微妙に錆びついた、いわゆるママチャリというやつだ。ペダルをキコキコいわせて爆走してきた何者かが、ママチャリに乗ったままダンスフロアまで突入してきたのだ。

「はァ?!」

 誰かが素っ頓狂な声を上げた。それもそうだ、この暴力吹き荒れる状況下でママチャリだ。訳が分からない。少し冷静になって考えれば、その状況下で突っ込んできたということは即ち事情を把握している者、ということが分かる。だが、そんなことを考えていられるだろうか。いや無理だ。どちらにしろ無理だ。ママチャリが人の群れに向かって突っ込んできたのだから無理なのだ。いくら自転車とは言えど、そこそこの速度で人間とぶつかれば危ない。場合によっては当たり所が悪くて死ぬこともある。自転車だって乗り物だ、そこそこの質量と速度がある限り危険なものなのである。
 で、その危険極まりないママチャリが明確に人を狙ってきたのだからたまったものではない。ひとりが棒で突かれて吹っ飛ばされ、もうひとりは倒れた上に可哀想にママチャリに轢かれて「ぐあ」なんて声を出した。
 流石に、ここでママチャリ進軍は止まる。

「英治、なにその自転車ー?」
「ちょっとね、出先で借りてきた」

 貴士の問いに答えつつ自転車から降り、ご丁寧に壁際へと運んで停める。
 ママチャリにて爆走してきたのは英治であった。ウインドブレーカーの上下に運動靴と、完全にプライベートの格好。だが片手には一本の棒が握られていた。二メートルには届かないがそこそこ長い木の棒。暗い照明下ではあるが見る限り重量もありそうだ。

「なんか学校のシール貼ってあるよ、その自転車」
「うん、高校のやつ」
「高校?」
「ちょっとね、用があってね。あとでこれ返さないとだよな。勢いで借りてきちゃったからなぁ」

 ノリとしてはジョギングにでも行ってきた程度。

「一応そっちの用事は終わったんだけどさ、連絡きて場所見たら近いじゃんって思って」
「で、チャリ」
「そう。チャリで来た」

 怒りに燃えてダンスフロアに降りてきた吹雪が、手近な奴をブン殴って吹っ飛ばす。飛ばした先が英治の居る辺りだったが、英治は何事もないように避ける。
 英治と呑気に喋っている貴士だって、手にした刀で次々と惨殺死体を量産しており、その死体が英治の足元へと転がってきたりする。これもまた適当に避ける。

「うーん……六尺を振り回すスペース無さそう?」
「省スペースで何とかして」
「はぁい」


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。