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作るのに手間はかかっても、食べるのは早いものだ。あっという間に皿は空になってしまった。
片付けはやると言う目澤を半ば無理矢理に座らせると、洗い物を手早く済ませる。残った食材は持ち帰るつもりだが、揚げ油とフライパンはどうしたものか。
どうしたものかなどと思いつつ、みさきの中ではもう解など出ていたのだ。ただ、それを言い出すには度胸と勢いと言い訳が必要だった。
言い訳は、この揚げ油とフライパンでいいだろう。あとの二つは自分で何とかするより他にない。
「あの、目澤先生。この油、こちらに置いていっても良いですか?」
「勿論。流石にこれを持ち帰るのは大変だからね」
油壺の類を用意しておけば良かった、と本気で思うみさき。口実に使えるという欲と同じくらいの割合で、持ち帰れる体勢を整えておくべきだったという後悔も存在している。
「それで、あのう……もし、目澤先生が、大丈夫なら、なんですが……」
度胸を振り絞れ。今言わないでどうする。みさきは必死になって己を奮い立たせる。
「その、来週も、お夕飯を作りに来ても、いいですか?」
厚かましすぎやしないだろうか。ただでさえ、今日はいきなり押しかけているのだから。言ったそばから緊張で口の中が乾いてゆく。
やけに大きい鼓動が聞こえてしまうのではなかろうか。そんな危惧を抱いた。
「こちらからお願いしたいくらいだ。是非、頼むよ」
もう、だめだ。顔がにやけるのを止められない。
みさきは満面の笑顔を浮かべ、小さくガッツポーズを決めた。
「ただいま」
みさきが自宅につく頃には、流石に暗くなっていた。家には既に外出の目的を話してあるので、夕飯は用意していないはずだ。
「おかえりー」
奥の方から母の声がする。持ち帰った食材を冷蔵庫に入れようと台所へ向かうと、その母と鉢合わせた。
「あれ、みさき、帰ってきちゃったの?」
母が目を丸くして、そんなことを尋ねてくる。
「てっきり泊まってくるものだと」
「いくらなんでも泊まるっていうのは……え、とまる?」
「泊まるもんだとばっかり思ってた。あー、でも、目澤先生らしいっちゃらしいわね。堅物っていうかクソ真面目っていうか」
「と、とま、とまるって、おか、お母さん」
母の言葉が何を指し示しているか理解してしまったみさきは、赤くなったり青くなったりと一人で忙しい。そんな娘を放置して、母は呑気に父に呼びかけた。
「お父さーん、ねえ聞いてよー。みさきってばさあ、泊まらずに帰って来ちゃったよ」
「お、おう」
微妙な父の返事が居間から聞こえる。泊まってきたら泊まってきたで微妙だろうし、泊まってこなかったのもそれはそれで微妙なのだろう。
「みさきもさあ、もうちょっと男っ気ってもんを……愚問かあ。まあ、頑張りなさいよ」
母に肩を強く叩かれて、それでもみさきはやはり顔を赤くしたり青くしてすこぶる忙しいのであった。
こうして、第一回目の夕飯は成功を収めた。
恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。