ヘッダ二章

個人情報保護方針 7)「仕事の準備は念入りに。」

 脱出に成功した二人は、そのまま本社へと向かった。車中で連絡は取ってある。故に、事務所には全員が顔を揃えていた。

「只今戻りました」
「二人共お疲れ」

 帰還に気付いた社長が声を掛ける。事務所内は準備のためにばたついていた。四階の倉庫から使用する道具類を持ってくる者、黙々と己のデスクで準備を進める者、私物のメンテナンスをする者、皆バラバラの行動ではあるが向いている方向は同じだ。『今日中にケリをつける』、この一点。

「ねえねえ社長、俺さ、いいこと思いついたんだけど」
「なぁに鉄男くん」

 倉庫から計器やら何やらを引っ張り出し、それらの持ち出し書類を書き終えた鉄男が、デスクチェアーに座ったままガラガラと音立てて社長の前にまで滑ってきた。

「陸自からAH-1かUH-1借りられないっすかね社長」
「だめ、火消しが面倒。そもそも借りたところで誰が飛ばすの」
「わし」
「は?」
「わし」

 真顔で己を指差す鉄男。真顔で見つめ返す社長。しばしの間が開く。

「どう考えても面倒」
「んーそっかあ、諦めまーす」
「鉄男くんがそこら辺何とかしてくれるならいいよ」
「めんどい」
「アテがあるんでしょおー? ねえ、あるからそういうこと言うんでしょおおおー? ホラ出してよ出してよ」
「ヒイィゴメンナサイ、ゆるして」
「許さない」
「ユルシテェ」

 二人が馬鹿をやっている一方、禅が難しい顔をしてパソコン画面を睨みつけている。

「……まあ、そうですよね」

 伯の持っていたスマートフォンは壊されるなり何なりされたらしく、GPSで追うことができなくなっている。

「本部あたりから虱潰しに探していきましょうか……いや、監視カメラで追った方が早いでしょうか?」

 運送会社などが使用するGPS追跡システムに禅がテコ入れしたものを使用しているので、ピンポイントで正確な位置をリアルタイム追跡できるのだが、元が消失してしまっては無用の長物だ。仕方なく、仙谷寺大附属高校の周辺カメラを探ろうとしたが。

「あー待って禅ちゃん待って」

 保がすっ飛んできて制止をかける。

「みどりさーん、伯ちゃんのって何番?」
「えっとね、ちょっと待って、えーと、800!」

 禅の背後から身を乗り出し、GPSの追跡番号部分に伯の名前と言われた番号を打ち込む保。ぽん、と軽くエンターキーを叩けば、ポインターが表示された。

「はいビンゴ! 生きてた生きてた」
「流石にその場で服をひん剥くまではしなかったか。セーフセーフ」

 保とみどりは互いにサムズアップなんぞしてみせる。禅もすぐに事態を察した。

「伯くんの学校制服に仕込んだのですね?」
「そゆこと。俺発案みどりさん実行。えらいでしょ、褒めていいぞ」
「制服が学ランだったからね、詰め襟んとこに縫い込んだ。799って入れてくれりゃズボンに仕込んだ方になる」

 服に発信機を仕込むという概念は、この会社では当たり前であった。彼等のまとう制服のエンブレム、胸の社章、スラックスのフォブポケット――元来なら懐中時計を入れるための小さなポケットだ、これら全てに超小型のGPS発信機を忍ばせてある。制服を全セットきちんと着ない社員も多々いるが、そんな奴は社章だけは持つなどして対応している。まあ、こちらの発信機は滅多に使うことのない緊急用の手段ではあるが、頭の片隅に入れておいて損はないし、クリーニングに出す前などはみどりがまめに発信機を取り外しているのだ。
 禅はつい「今の伯は会社の制服を着ていない」という前知識に引っ張られたが、事なきを得たと言う訳だ。

「お二人とも素晴らしい判断です。助かりました」
「……ほんとに褒められた」
「……アラやだ、今夜は槍が降るわねえ」
「お二人は僕のことを何だと思っているのですか」

 禅の抗議を放置して画面を見つめる。そこに社長も加わって、皆で息を詰めてポインターの動きを観察する。

「本部、じゃないようね」

 社長が道路をなぞって呟く。

「十鬼懸組の本部は都内よ、これだと正反対」
「社長、心当たりとかないの?」
「十鬼懸組の方はあまり詳しくないの。そうねえ……あそこは昔からある組だから、こっちには古い拠点なんかがあるかもしれない。私の知っている場所も表向きの本部であって、実際は別の所ってのもあるでしょうし」
「なるほど、ではこのままトレースを続けましょう」
「私やるわ、禅くん交代」
「お願いしますみどりさん」

 ポインターが向かう先は首都圏内のとある山。人里から離れた箇所であった。大体の見当をつけて準備を進める中、社長は皆に向かって説明を始める。

「いい、伯くんの回収と十鬼懸組の殲滅、この二つが今回の目的よ。前者を優先、後者は状況によっては破棄します。それと、伯くんに関して」

 一瞬だけ社長の眉根が寄って、組んだ腕に力がこもる。

「彼には兄弟がいるわ。顔がそっくりな兄弟」
「兄弟? 双子かなにか?」
「多分ね。伯くんと初めて会った時、一緒に居たのよ。伯くんはこちらに来た、顔がそっくりな彼はこちらには来なかった。……話を聞く限りでは、関わりのある人間が他にも居るわ。兄弟なのか家族なのか、それとも何なのかは分からないけれど、とりあえず頭のなかに入れておいて頂戴」

 頷く社員達。社員達がちらりと社長を見、社長は彼等を見て、口を開く。

「十鬼懸組の連中に、誰に対して喧嘩を売ったのか思い知らせてあげなさい。反省と後悔を、あいつらの冥土の土産に持たせてやるのよ。いい?」

 殺意の篭った檄が飛ぶ。社員達の意識が研ぎ澄まされてゆく。死を呼ぶ旋風が、動き始めようとしていた。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。