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 午前十二時七分。公園中央。

 明らかに今までの連中とは実力が違う。強い。速い。何が速いか、それはさばかれたり回避された後の対応だ。次の手をすぐさま打ってくる。途切れさせないというのはなかなかに難しい。
 そんなことを考えながら目澤はようやっと打ち倒した相手を見つめ、若干切れ気味の呼吸を続けた。流石にきつい。これで連続何人目だろう? 二桁を越えているのは確実だ。次の襲撃者は現れない。これで終わってくれたのだろうか。

 だが、先程から視界の端にいる人物。こちらが派手に乱闘をしているというのにその様をベンチに座って呑気に見つめ、自動販売機で飲み物など買っている。普通なら逃げるなり驚くなり通報なりするはずだ。そんな様子など全く見せず、あまつさえ買ったペットボトルを手にこちらへと近付いてくるではないか。

「はい、これどうぞ」

 そうして、差し出してきた。ミネラルウォーターのボトル。

「それ飲んで、ちょっと待ってて。コイツ運ぶから」

 気絶し地面に倒れている相手を器用に転がし、あっという間に背中へ担ぎ上げ、公園の端にあるベンチに横たえる様を目澤は呆然と眺めてしまう。気が付けばもう目の前にまで戻ってきており、「飲まないの?」などと聞いてくる有様だ。

「大丈夫、そこの自販機で買ったやつだから。変なもんとか入ってねえよ」

 確かに、買った瞬間を横目ではあるが確認している。

「飲んで休憩してくれよ、な。飲んでくれたら話すから」

 思わず睨み付けてしまったが、相手は意にも介せず笑顔を向けてくるばかりだ。実際、このタイミングでの水分補給はありがたい。ええい、ままよ、と目澤はペットボトルのキャップを開けた。
 満足げな笑みを浮かべる相手は、何の変哲もない青年に見える。癖が強く少し明るめの髪色であるとか、人懐こそうな顔立ちであるとか、ランニングする人が着ていそうなウインドブレーカーの上下であるとか。


 午前十二時九分。公園横、事務所。

 公園に面した小さな会社の建物。その裏と公園の樹木の間。影に潜む二人の男。

「何だ……? 喋りだしたぞ、あいつ」
「何を話しているんだ? 聞こえんな」

 目澤達から視線を切らないまま、片方が無線で呼びかける。

「こちら二班、何を話しているか、そちらは聞こえるか?」

 しばらく間。「了解」と短く返して無線が終わる。

「まあ、分からんよな」
「余計なことを喋っていなければいいんだが」

 視線は険しくなる一方だ。吐き出したため息は白い。

「今、このタイミングで二人とも始末してしまった方が良くないか」
「坂田さんがソレを許さないだろ」
「まあなあ、変なところで臆病というか」
「いや、ありゃ面倒くさがりなんだ」
「ああね、処理を煩雑にしたくないっていつも言ってるもんな」
「……アレ、やっぱり喋ってるんじゃないか? こちらのこと」

 二人は一瞬、目を合わせる。お互いの疑念が一致していることを確信する。

「どうする」
「やった方がいい」
「そうだな」

 コートの下から取り出す銃。迷いなく公園の中央へと向ける。構える手はブレない。
 その瞬間、彼等の背中からくぐもったような小さい音がした。素早く二回。ひどく鋭い痛み。背中側から銃で撃たれたのだ、と気付くよりも早く再び音が二回。今度撃たれたのは頭部だ。故に、彼等の意識はそこで永久に途絶えてしまった。

 闇の中からするりと抜け出すように現れたのは網屋だ。二名を確実に倒したことを確認すると、あえて無線は破壊せずそのまま放置した。
 再び、闇の中に紛れる。表情はない。それは、獲物を狩る直前の獣と同じだ。仕留めるために静かに潜み、佇んでいるのだ。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。