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05-5

「これで相手の正体が分かれば楽になるんだけどねー。川路ちゃん、全然分からないの?」
「分かったらもう言ってるよ」
「確かに」

 笑いながら肩を竦める塩野。その塩野のすぐ横に、一台の古い国産高級車が停まる。中から現れたのは目澤であった。

「大丈夫だったか、二人とも」
「まあねー。目澤っちも無事そうで何より」

 怪我一つ無い目澤であったが、話を聞くと結構な人数に襲われていた。しかも、たった一人で対応したというのだから相田は驚くしか無い。目を丸くする相田に、網屋が説明する。

「こないだ言ったろ、ある程度ならこの先生方だけでなんとかなるって。目澤先生、近接格闘なら俺より遥かに強いぞ」
「褒めても、何も出ないよ」
「おや残念」

 冗談めいた口調はここで途切れて、再び聞こえてくるサイレン音が耳に張り付いた。今度は救急車だ。全員が見えもしない事件現場に目を遣って、透かし見るように視線を送る。

「どこに運ばれるかな」
「……我々の職場でないことは確かだ」

 襲撃してきた相手を自らの手で搬送しない限り、撃退された彼等は陣野病院に来ることは無い。根回しは徹底されている。一応は陣野病院も救急指定されているのだが。

「そもそも、病院に運ばれているかすら怪しいね」

 吐き捨てる中川路。

「とりあえず保険点数と生命保険、あと葬儀屋から探れるかと思って漁っちゃいるが、音沙汰無しだ。真っ当な方向から探ろうとするだけ無駄かもな」

 真っ当、という言葉に塩野と目澤が反応する。黙って中川路の顔を凝視するので、視線を受けた方は言い訳を始めた。

「方向性としてだ、方向性。方法の事じゃない」
「なら良かった。自覚があって一安心だ」
「今年も新人さん総ナメなんでしょおー? 保険事務所だけでハーレム作れるよねー! うーわ嫌だ! イヤラシイ! 網屋君も相田君も、こーいう男にだけはなっちゃダメだよ」
「こーいう、って何だ。こーいうって」

 塩野と目澤の視線がますます険しくなって、中川路を刺す。

「情報源の半分以上がピロートークからっていう男」
「本業よりも枕仕事の方が忙しいという男」
「悪うございましたね。役に立ってんだから良いだろうが」

 医師達の調子が徐々に戻ってくる。互いの安全を確認して気が緩んだというのもあるのだろう。

 相田は黙って大人しく会話を聞いていた。ピロートークとかマジ解せぬ、などと考えながら。解せぬが納得してしまう。これだけの色男ならば、放っておいても女が寄って来そうだ。

 などと取り留めもなく考えていたものだから、突然名を呼ばれて思わず身を竦める。飛び出た声も裏返ってしまった。

「な、何でしょう?」
「お礼、相田君に何かお礼しなけりゃ!」

 いまいちピンと来ないまま、曖昧に頷く。「はあ」と呆けたような返事。

「夕飯おごるか」
「いや、謝礼を渡した方が良いんじゃないか」
「もういっそ、両方でいいんでないのかな」

 三人があれやこれやと討論を始めようとした隙間に、網屋が挙手しつつ割り込んできた。

「すみません、ちょっと意見具申いいですか」
「はいどうぞ」
「相田を、運転手として正式に雇用したいのですが」

 医師達も、相田も、鳩が豆鉄砲食らったかのような顔になった。だが、その後の反応は全く異なるものとなる。

「いや、俺、そんな大層なことしてないっすよ?」
「網屋君、キミ、天才だな!」
「そうすれば、こちらから給料という形で謝礼も出せるしな」
「そーだよそーだよ! 相田君はどうよ? 何か今、バイトとかしてる?」

 塩野の問いに対する答えは、否だ。
 高校生の頃からつい先月まで数年間勤め続けたガソリンスタンドがあったのだが、法規制に伴う点検でタンクの老朽化を指摘された。そのままでは営業できず、タンクを交換するなり専用塗装するなりすれば良いのだが、それには莫大な費用がかかる。国からの補助金を含めても、そのスタンドに予算はなかった。出した結論はたった一つ。廃業だ。

 年老いた店主が何度も詫びながら渡してくれた最後の給料は、「退職金だから」と結構な額が入っていた。だが、それでいつまでも食い扶持を繋ぐことが出来る訳ではない。
 そこのガソリンスタンドに就職しようとまで考えていただけに、これは相田にとってかなり手痛い状況であった。

「なら、なおさら良いじゃない。ちゃんと毎月出すよ、バイト代。前の職場と同じくらい」
「俺もさ、メシ作ってやるよ。バイト代の代わりに」

 網屋がついでのように言う。好条件である。ためらう理由は一切無い。特に、飯付きというのが素晴らしい。渡りに船とはこのことを言うのであろうか。

「えっと、じゃあ、運転手やります」
「はーい、契約成立!」

 塩野が飛ぶように立ち上がって、相田の手を握った。

「こうして、相田雅之は後戻りできぬ泥沼に足を踏み入れるのであった。ふふふ」

 中川路と目澤が同時に塩野の頭を叩く。

「変なこと言ってんじゃないよ塩野」
「全くだ。縁起でもない」
「叩くの禁止ー。脳細胞が死んじゃうー。馬鹿になっちゃうぅー」


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。