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「その、彼女を夕飯に誘いたいのだが、知恵を貸してくれないか」

 昼下がり。陣野病院一階食堂。壁際隅のテーブル。そこに、中川路、目澤、塩野の三人。

 懇願しているのは目澤。一大決心、という顔付き。
 対して、聞く方の中川路と塩野は驚きそのものといった表情である。

 時は六月下旬。正直言ってほぼ夏かと思う程の暑さが続く。特にこの地域は仕方がない。下手をすれば南の島より暑いのだ。
 なので、食堂はもう冷房が入っていた。
 なのに、目澤は脂汗をかいていた。それ程までに思い詰めた結果であるということか。

「彼女って、当然、みさきちゃんのことだよね?」
「おう。他にいない」
「今、何月だ」
「六月だな」

 ここまで淡々と会話が続いていた。が。

「オイ、六月だぞ?!」

 中川路が目澤の両肩を掴んでガクガク揺らす。

「弁当作ってもらって、もう四ヶ月なんだぞ?! 遅い! 遅すぎる! 行動は迅速を尊ぶんだぞコノヤロウ! 分かってんのか目澤ァァァアア」

目澤の方は頭がいっぱいなのか、なされるがままだ。

「やめたげて! 目澤っちイッパイイッパイだからやめたげて!」
「……チッ、仕方ない。この辺で勘弁してやる」

 終わった後もしばらく頭がふらふらしていた目澤。落ち着くのを待って、塩野が問う。

「それにしても、突然どうしたの? 何かあった?」
「いや、何かあったわけではないんだが。流石に、きちんと弁当の礼をしなければならないと思ってな。で、色々と考えたんだが……自分にはこれくらいしか思い浮かばなかったんだ。他に何か、良い方法があったら教えてもらえると助かる」

 目澤は真剣だ。これ以上ない程に。
 中川路は目澤の顔をまじまじと見つめて、それから肩を叩いた。

「いや、それがベストアンサーだ」
「本当か?」
「俺がお前に嘘ついたこと、あるか?」

 首を横に振る目澤。

「お前さんが彼女のために必死こいて出した結論なら、基本的には何でも正解なんだが……ま、ディナーに誘うってのはかなり上出来だ」

 中川路の太鼓判をもらって、ようやく硬い表情が崩れる目澤。その変化を、ニヤニヤしながら見つめる塩野。

「偉いよ目澤っち。ちゃんと自分で考えて、自分で答えを出せたんだねぇ。ううっ、オイチャン嬉しくて涙出てくらァ」
「確かに感慨深いなあ。前の嫁さんの時はただひたすら流されるままだったのに、今やここまで成長するとは。よし、ホメてやる」

 褒められているのかけなされているのか、いまいち判然としないが、その疑問を口に出すのはやめておく。

「さて、善は急げだ。目澤、今夜は空いてるな?」
「何もないぞ」
「よろしい。仕事終わったら下見に行くぞ」
「おう……って、下見? 今夜か?」
「他にいつがあるっていうんだ。今日中だ、今日中」

 いつの間にロッカーから引っ張り出したのか、ポケットからスマートフォンを取り出すと何か探し始める中川路。
 ちなみに、ここの病院の食堂エリアではスマートフォンやタブレットの使用が可能である。病院によって差があるが、このような携帯端末の類ならば食堂などで使えたりする。勿論、待合室や診察室ではマナー的に御法度だ。

「お、あった、ありました……もしもし、予約を入れたいのですが。今日のディナーはまだ間に合いますか?……はい。はい……三名で。大丈夫ですか。申し訳ありません、急に……はい、中川路です。はい……」

 目澤の是非も聞かずに予約を突っ込む中川路。
 一方、塩野も何処かへ電話を掛け始めていた。

「……あ、もしもーし、僕だよー鎮鬼だよー。今日ねえ、お夕飯いらないです……うん、いつもの面子。目澤っちのデートの下見に行くの」
「デート?!」

 目澤が素っ頓狂な声を出すが、見事に放置。

「ステキなトコだったら、今度一緒に行こうねえ……えっ、ウソ、肉豆腐! えー、じゃあ、明日の朝ごはんにするー……うん、そんな感じでお願いします。はい。はい。はーい。じゃあねー」

 家族への通話が終わって顔を上げると、完熟トマトの如く真っ赤な目澤を発見。

「あっ、すごい。目澤っち赤い。茹でダコみたい」

 頬をつつく塩野だったが、何の反応も無いことに気付くと「おーい」と呼び掛ける方に切り替える。それでも反応無し。目の前で指を鳴らす。これも反応無し。

「本当に、デートって自覚無かったんだねえ……目澤っち……」
「あーもうソイツは放っとけ。それにしても、何だか異様に楽しくなってきたな。人様のお膳立てがこんなにテンション上がるものだとは」

 二人の言葉も耳に入らず、目澤は「デート……?」と口の中で呟くばかりであった。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。