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26-5

 ワゴン車の窓を叩く音。渋々スモークの窓を下げると、覗き込んでくるのは駐車場の守衛。

「あのねえ、そろそろ閉まる時間だから」
「はい」

 助手席に座っていた坂田は思わず、返事をする運転手越しに鋭い視線を投げかけてしまう。守衛は一瞬鼻白んだが、それでも「頼んだよ」と言い残して去っていった。

「どうしますか」
「対象が来るまで待機」

 くそもへったくれもない。追跡対象が来ないのなら動く理由もない。
 坂田は守衛の動きを目で追う。エレベーターの方へ移動しなかったからだ。


「閉まる時間だから。あっちの方にいる人にも言ったけど」
「ああーすみません、分かりましたー。あの、トイレってあります?」
「トイレはねえ、一階の出口の方にあるよ。守衛室の隣」
「ありがとうございますー!」

 閉場時間を告げに来た守衛が去るのを最後まで見送って、塚越はそれから窓を閉めた。

「気付かれたな」

 ぼそりと呟いて、エンジンを掛ける。

「え、それって」
「さっき守衛さんが、あっちの方にも言ったけど、って話してたでしょ? 守衛さんの動きを見てりゃこっちに気付く」
「逃げられちゃいますかね」
「可能性はある。だけどまあ、牽制を掛けるのが目的だからね。流石に今日は大人しくなるんじゃないのかなぁ」


「うおおお急げ急げ」
「ヒィン遠い、車遠いぃ」
「うおお走れ走れ」
「先輩足速い待って待って」
「元陸上部舐めんなウワハハハハハ」

 いつもの大きな黒い四駆まで網屋は先に走っていってしまうが、結局車の鍵を持っているのは相田である。相田がキーの解錠ボタンを押すまで、ドアの前で足踏みしながら待つ網屋。

「はっやーく! はっやーく!」
「急かさない!」


「どうしたんですか、坂田さん」

 突如ドアを開けて外に出た坂田に、運転席の部下が思わず声を掛けた。が、坂田の耳には届いていないのか。それとも聞こうとしていないのか。全く相手にせず、対象の方向を見つめている。

「坂田さ……」

 坂田の右手が上着の下に伸びた。


「ん? 出てきた」

 車外に出てきた坂田に気付かないはずがない。眉根を寄せる塚越。

「え? 今?」
「なんだろ、何する気……え?」

 坂田が何をしようとしているのか。悟った瞬間、塚越はシフトをドライブに入れていた。


「これ、後ろ乗っけちゃっていいか?」
「後ろに乗せるしかねえっしょ。これも乗せといてー」
「はいよ」

 差し出された、半纏の入った大きな袋。相田からそれを受け取ろうとして振り向き、網屋はそれを見た。
 声を出す暇もなかった。咄嗟に相田の頭を掴み強引に押し下げる。自分自身もしゃがみ、開いたままの後部座席ドアに隠れた。網屋が見たものは、己に真っ直ぐ向けられる銃口の暗い暗い穴だった。


 坂田は迷いもせず対象である網屋に銃口を向け、トリガーを引いた。だが、僅かに早く相手に悟られた。一発目は空を切り、無機物である壁を穿つにとどまる。条件反射的に二回目のトリガープルを行おうとしたが、意識が逸れたためにそれは叶わなかった。

「坂田さん、何やってんですか!」

 部下の怒号が耳に届いたからだ。彼の声を認識したのはたった今だが、もしかしたらもっと前から喋っていたのかもしれない。

「この場で殺す。全員」


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。