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07-3

 翌日。予告通り、シグルドは再び網屋宅へやって来た。今度は荷物も少なく、最低限を揃えてきていると言った感だ。
 格好はやはり白ジャケットである。全体的に黒い網屋と並ぶと、そのプラチナブロンドの髪と相俟ってひどく目立つ。

「相っ変わらず派手な格好しやがって」

 悪態をつく網屋は全く逆の出で立ちである。髪から服、靴に至るまで黒い。胸ポケットに引っ掛けてあるサングラスのレンズだけが黄色く、明色を主張している。

「渡した資料は読んだか?」
「ロニー・ロビンソンの出身校までばっちり把握だ」
「結構。いつものことだが、生かして引き渡さないことには話にならない。くれぐれも殺すなよ」
「努力します」

 手慣れた様子で準備を整える二名。その様子を、現場までの運転手として呼ばれた相田は黙って見つめていた。
 上着の下に隠れているホルスター。取り出した拳銃は両者ともに二挺だ。

「ほらほら、相田君見て。俺ら、お揃いなんだよ」

 と冗談めかしてシグルドが銃を指し示す。言われてみれば、確かに同じだ。言われなければ相田には分からない内容だった。

「お揃いってなぁ、そしたらお揃い軍団になっちまうじゃねぇか」
「軍団?」
「おんなじのがあと四人もいるんだ。ま、これと同じ種類ってだけならもっといるんだろうけど」

 相田はひとつ気付く。シグルドの銃には、握る部分に銀色のラインが入っている。斜めに走るそれは網屋のものには無い。いや、無いのではなく、黒いラインであるのだ。黒いものに黒いラインでは、ぱっと見は分からない。
 まあ、そんなものなのだろうな。相田の思考はそこで留まった。

 そんなことを考えている間にも、二人は着々と準備を進めてゆく。弾倉の数を確認し、その他の装備を分担して持つ。
 網屋はさらに、足に装着するタイプのホルスターも用意していた。これもまた、黒である。


 死神みたいだ、相田はそんな子供じみた印象を抱いた。黒い方も白い方も、まるで命を刈り取るために来た死神のようだ。実際は殺さないようでは、あるが。

 実は、相田はまだ死に直面している実感は薄い。前回も前々回も、運転に必死だったのと、その「瞬間」と「現場」を直に見た訳ではないので、いまいちピンと来ないのが実情である。

 去年、祖父が亡くなった時もそうだった。畑で突然倒れたと聞き、病院に駆けつける頃には既に息を引き取っていた。実感が湧かないまま、急にいなくなってしまったような、そんな虚無感。
 響介の死から、自分はその辺の感覚が麻痺してしまったのではなかろうか。相田は時折、そう思うのだ。

「よし、行くか」

 網屋から声を掛けられて、相田は思考の海から浮上した。


 午後十時四十分。御稜威ケ原工業団地の端、大きなセメント工場への私設線路が走る、その南側。人工的に作られた小さな山の裾に、墓地がある。
 墓地の駐車場に入ってくる黒い四輪駆動車。相田が運転する、網屋の車だ。僅かな音だけを立てて駐車場の隅に停まった。
 周辺に人家はちらりほらりと見かけるものの、辺りは暗く、静かだ。車のライトを消すと、闇に溶けてしまう。

 街灯の光が微かに届く車内で、網屋とシグルドは手持ちの銃の最終確認を行う。スライドを半分引いて、チャンバー内の銃弾をチェックする硬質的な音。

「相田はこのままここで待機。もし警察に職質されたら、素直に『知り合いと待ち合わせしてる』って言っておけ。俺の方が先に帰ってくるから、その後はシグルドが来るまでここで待つ」
「了解です」
「夜が明けても誰も帰ってこなかったら、その時は先に自宅へ戻ってろ。いいな?」
「……はい」

 線路の向こう側から、何台かの車が走ってくる音。

「はい、おいでなすった。いいタイミングだ」

 シグルドが腕時計を見る。

「五分後に出るぞ。ノゾミ、時計合わせ」
「あいよ」
「四十四分。…………三、二、一、ハック」
「OK」

 ここから先、相田は音だけを頼りに二人の状況を想像するしかできなくなる。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。