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14-11

 次の餌食となる部隊を甲板上で探しながら、網屋と医師達は名を名乗った。中川路と目澤は良いとして、問題は塩野だ。

「塩麹の塩に野獣の野で塩野、鎮痛剤の鎮に鬼ヶ島の鬼で鎮鬼でーす! しずきんって呼んでくれてもかまわないよ!」
「丁寧な説明ありがとうございます。あまりの分かりやすさに感動しました!」

 言葉は軽いが表情は緊迫している。塩野の言葉に被るように銃声が聞こえたからだ。距離は近い。網屋は迷わず無線を開いた。

「あのさ、俺らの近くにいるのって誰だろ。クラウディア、見える?」
『シグルドがすぐ近くね』
「おっしゃ、シグルド、合流すっから相手殺すなよ」
『最初っから殺してねえよ!』
「ゲストもいるから」
『……はい?』

 訝しげな声をシグルドが上げるのと、網屋達が背後に現れるのがほぼ同時。振り向いたシグルドは、網屋が三人も一般人を引き連れている事実に眉をひそめた。
 が、すぐに思い出す。彼等のうち一人はクラウディアをナンパしていた男だ。すると、この人物達が佐嶋の言っていた日本人とやらか。

「随分大世帯だな、どうした」
「うちの大将の指示に従っていたら成り行きでこうなった」
「すげえな、日本の童話もびっくりの超展開だな」
「だろ? まあシグルドも巻き込まれろよォ」

 網屋は意地の悪い笑みを浮かべる。巻き込まれるも何も、最初から巻き込むつもりだからだ。対するシグルドは何とも言えない表情になった。回避不可能だからだ。

「で、どうすりゃいいんだ」
「はい、解説どうぞ」

 網屋に丸投げされた医師達は、これまた淀みもせずに答える。

「隊長クラスの人間を生け捕りにして下さい。喋れる状態だとなお良いです」
「無茶振りだよねー。ごめんねー。でもね、できればお巡りさんにとっ捕まる前に確保して、直に話を聞きたいの」
「近接なら援護できます」

 全員が返り血を浴びている。シグルドはそれらをちらりと見て、色々なものを大まかに把握した。何となく想像はつく。目的を果たせず手こずっているであろうことが。
 分かりましたと一言、交戦中の敵へと顔を向け直す。銃弾は威嚇程度に飛んでくる。こちら側がまだ一人だと思っているのだろう。

「どうするノゾミ、いつも通りのパターンでいいか」
「おう。五秒後に出る」

 最低限の言葉を交わして、シグルドと網屋は銃を構え直した。目澤は念のため待機。
 きっかり五秒後、網屋は放たれた矢の如く壁の影から飛び出した。当然相手は前に交戦した隊と同じように迎撃してくる。しかし先程と違うのは、相手側の銃弾が放たれる前に構えた手が撃ち抜かれ、結局は何もできないという点だ。
 迎撃するためには、影から少なくとも手は出さねばならない。それは同時に、相手に対して己の一部をさらけ出す行為だ。シグルドはその一瞬を、その僅かな面積を見逃さない。彼の構えるM14DMRが彼我距離を切り裂く。

 網屋は迷いもなく走る。先程より倍以上長い距離であるが故に被弾の可能性は上がるが、それでも迷わず真っ直ぐに走る。背後にシグルドがいるなら、彼の視界内にいる敵は「こちらに攻撃できない」ことを知っているから。距離は約六十メートル。網屋にとっては随分と短い距離だ。直線距離を走るなら尚更だ。
 自分の役割は突撃歩兵である。ならばやることはシンプルだ。敵の居場所まで走って、倒す。それだけだ。

 網屋が敵陣に到達するとシグルドも走り出す。既に銃の発射音が幾つか響いており、重い何かが落ちる音もする。
 網屋を敵陣にまで送り込めば、あとは何とかなる。シグルドの主な役割はその道を切り開くことだ。後から辿り着いても大抵は終わっているのが常で、シグルドは網屋が狩り漏らした残りの獲物を適宜食い散らすだけ。
 今回もやはりいつも通りの展開で、敵の隠れていた曲がり角に到達すると痛みにのたうち回る覆面どもが転がっていた。そして今まさに、残った一人の足の甲を撃ち抜いて倒れた所を押さえつける網屋がいる。

「シグルド、あの人達呼んでくれ」

 急いで敵の武器を全て取り上げる網屋。衣服の中も全てチェックし、敵の装備から紐状のものを探し出すと手早く拘束する。
 網屋が慌てているのは見れば分かる。やってきた男性達もだ。中川路と目澤も網屋に加わって、こちらは容赦なく肩の関節と股関節を外している。ひどく器用にやっているのと、かなり外しにくい股関節をいとも簡単そうに外す様は不思議なものだ。
 そういえば、とシグルドは思い出す。この人は医者であったはずだ。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。