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07-1

 網屋が荷物を下に置いて鍵を出そうとしたその時、ドアの方から勝手に開いた。

「おかえり!」
「おかえりなせぇやし!」

 そこには、満面の笑顔で迎える酔っぱらいが二人いた。
 とりあえず、荷物と共に中に入る。大きく息を吸って、準備完了。

「てめぇら、人が必死こいて買い物してる間におっぱじめてんじゃねぇよ! このクソったれが!」

 勢い良く靴を脱いで、網屋は足音も勇ましくキッチンへ向かう。両手には大量の買い物袋。袋の持ち手部分が伸びきってしまうほど中身はぎっちり入っている。

「まぁまぁ、お前の分の一杯は取っといてあるからさ」
「一杯か! 一杯だけか! 貴様らはねぎらいの精神というものを持ち合わせていないのか!」

 シグルドに文句を言いつつ、袋の中身を片付ける網屋。

「白米は残ってますよ先輩」
「貴様が食ってろ! 米で腹を限界まで膨らませろ!」

 相田にも文句を言いつつ、買ってきた泥付きネギの束を押し付ける。

「上の皮一枚剥く! 全部!」
「おお、なんかこのネギすげえ。太いっすね」
「買ってやった! 買ってやったともさ! 手を出したくても出せなかった高級ネギ!」
「おいノゾミ、俺の財布」
「返却ッ」

 豪速球もかくやと思わせる程の勢いで投げつけられる財布。中身はずいぶん薄くなっていた。

「ありったけ購入してやったぞ。高級食材売ってるスーパーで、そりゃもう目一杯、大量に」

 財布の中身を見つめ、網屋を見つめ、シグルドは何か言いたそうな顔になったが結局何も言えない。網屋が既に背を向けて手を洗っていたからだ。
 一方、網屋から命令を受けた相田はネギを剥き始めた。網屋は網屋で、袋からチーズを取り出して切り始める。

「とりあえずシグルドはチーズでも食ってろ」
「手伝おうか?」
「結! 構! です!」

 チーズの半分は皿に、残り半分はボウルに入れて、皿の方はテーブルに投げるが如くに置く。次はこんにゃくを猛然と手でちぎりだした。

 手伝いを断られたシグルドは、それでも空いた皿を流しに下げる。軽く水で流してから洗い桶に突っ込んだ時、網屋の低い小声が耳に届いた。

「おい、相田に何か変なこと言っちゃいねえか」
「何だよ急に」
「あいつ、泣かしたろ、お前」
「……ああ、別に。問題無い」

 一瞬、網屋の鋭い視線とかち合うが、すぐにシグルドは目を逸らしてしまった。

「問題無いならいいけどよ」
「おうおう、怖いなぁノゾミは。過保護は良くないぞ」
「うっせえ」

 胡桃を粗みじんにする音で、二人のひそひそ話は終了する。手早くその作業を終えると、次は鶏もも肉を一口大に切り始めた。

 シグルドはコンロ下の戸棚を開く。目当ての物はすぐに見つかった。

「やっぱりここにあったか。大漁大漁」

 手に、二本の一升瓶。片方は未開封のままだ。

「バッカ、それは料理用だ! 返せ!」
「分かりましたよ、仕方無いな」

 そう言いつつ渡すのは開封済みの一本のみ。しかも、ラベルを見比べての所業であるので、要は自分好みの方を選んだということだ。

「オイィィィィィイ」
「いいじゃないか一本くらい。な?」

 網屋の返答を聞かずに栓を開けてしまうシグルド。自分と相田のグラスになみなみ注ぐと、「カンパーイ」などと言いつつ呷る。
 相田も同じように飲んでいるので、自分が席を外している一時間半で何があったのかますます分からなくなる網屋である。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。