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疾走と弾丸

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先輩が、殺し屋になって帰ってきた。 埼玉県熊谷市在住、相田雅之。大学生。 取り柄は車の運転。あと大食い。 昔取った杵柄も、今や活かす機会など無い。 だが、七年前に姿を消した幼…
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疾走と弾丸 目次

01 先輩と引越し蕎麦 01-1 01-2 01-3 01-4 01-5 02 過去と記憶 02-1 02-2 02-3 02-4 02-5 02-6 02-7 03 日常と現実 03-1 03-2 03-3 03-4 03-5 03-6 03-7 04 中年と手作り弁当 04-1 04-2 04-3 04-4 04-5 05 重箱とライフル 05-1 05-2 05-3 05-4 05-5 05-6 06 疾風と迅雷 06-1 06-2 06-3 

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 眼鏡の男性が何か二言三言、妙に通る声で発した途端に自分以外の人間が皆、倒れた。何が起こったのか理解が追いつかない塚越は、恐怖すら感じる暇もない。 「ありゃ、おにいさんは熊谷の人じゃないのかな? んー、んー……公安かしらん?」  害意は感じられない、それだけは分かった。しかしどうして良いのか分からない。 「ごめんねえ、すぐに終わるから。悪いようにはしないよ。でもちょっとだけね、ちょーっとだけね、ほんとごめんねぇ、怪我してる人もいるから急ぐね」  手を合わせて謝罪を口に

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「先生、塩野先生、どうしよう、警察の人が! なんかバリケード! なんか!」  熊谷市の中心部、該当のデパート前にまで辿り着いた相田は情けない悲鳴を上げた。いくらなんでもそのまま車で規制線に突っ込むほどの度胸はない。  国道から立体駐車場へと入ってゆく細い道は、当然のように封鎖されていた。パトカーも警察官もひしめいている。 「まーっかせて! とりあえず近くまで行ってくれる?」 「はいよ!」 「眼の前まで行っちゃっていいから」  内心では緊張で強張り、真冬なのに嫌な汗で背中

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 痛みに苦痛の声が思わず漏れる。撃たれた西倉も松下も。倒れ、銃創を手で抑えるのも同じだった。違う点は、松下の銃創は貫通しており西倉は銃弾が残留しているという部分だ。  西倉の名を呼ぶ声がする。立花だ。必死に駆け寄り、血で汚れるのも構わず膝をついた。コンクリートの上に広がる、赤い赤い血液。 「西倉さんっ……西倉さん!」 「避、難は? どうなった?」 「完了しました!」 「……よし、なら、よし」 「今、救急車を」 「その前に、これ、縛って、くれ」  自分のネクタイを解き、立花

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 一人くらいは始末しておきたいな、と彼は考えた。今までの仕事をまあまあ邪魔された記憶も、その気持ちに拍車をかけた。であるから、坂田の部下の一人である彼はまず立花と笠間を探した。塚越と西倉は放置した。西倉はともかく、塚越相手にどうこうできるとは思えなかったから。  そして今、彼は物陰から笠間の様子をうかがっている。この新人刑事もちょくちょくこちらに首を突っ込んでは文句を言ってきた。ぺーぺーの癖に生意気だ、と日頃から感じていたのだ。さて、どこを撃ってやろうか…… 「笠間君! 避

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 警察官として真っ先にやらねばならないこと。それは一般市民の避難だ。立花は走った。下の階から笠間の大声が聞こえてくる。 「警察です! 今すぐここから退避してください!」  もつれる手で携帯無線機を取り出し、走りながら本部に連絡。笠間とすれ違いざまに、自分は下に行くと指し示す。頷きが返ってきて、立花は走る速度を早めた。  被害を出すわけにはいかない。速やかに避難させなければならない。あの七年前の、あの事件のときの、周辺住宅をひとつひとつ見て回った、あの記憶。西倉の憔悴しきっ

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 そう、最初から分かっていたことだ。塚越は歯噛みした。 「西倉、車が保たない!」  車両を遮蔽物にするのは良いが、銃弾に対してそれほど防御力があるわけではない。ドア一枚は流石に弱いのでエンジンルームやホイールの影を利用してはいるが、それだっていつまで保つか分かったものではないのだ。タイヤはとうの昔にパンクしているし、敵の銃弾を受けている面はもう穴だらけである。しかも。 「坂田は精密射撃してくる奴だ。多分、狙ってくる」 「オイオイオイオイ、マジかよ! ピンホールショットで

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 通話を終えると、網屋はコートを脱ぎ始めた。 「相田、あの隙間、抜けられるか」  後部座席の荷物に脱いだピーコートを被せ、助手席に置く。ついでに車内常備の予備弾倉をポーチごと引っ張り出す。  あの隙間、とは自分達の車両と警察車両の間だ。狭くはないが広くもない。この大きな車で抜けるのは、普通の人間なら少し難しいだろう。 「行けます。そのまま通路に抜けちゃうんで大丈夫です」 「おっしゃ。もう一度確認。塩野先生が聖天さまんとこにいるから、迎えに行ってここまで戻ってきてくれ。な

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 蹴り飛ばすように塚越はアクセルを踏んだ。車体は坂田達の車と狙われた一般人の間、ほぼ中央に割り込む。坂田達に対して運転席を晒す形で横付け。すぐさま西倉が助手席のドアを開けて外に飛び出した。察しが良くて助かる、と心の中で呟き、塚越も助手席側から外に出て銃を構えた。 「一般人の保護と避難!」 「あと本部に連絡!」  塚越、西倉の怒号にも似た指示が飛び、後部座席の二人は転がり出た。 「こんなところでおっぱじめやがって! 頭おかしいんじゃねえのか!」  予想していたとは言え、

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 ワゴン車の窓を叩く音。渋々スモークの窓を下げると、覗き込んでくるのは駐車場の守衛。 「あのねえ、そろそろ閉まる時間だから」 「はい」  助手席に座っていた坂田は思わず、返事をする運転手越しに鋭い視線を投げかけてしまう。守衛は一瞬鼻白んだが、それでも「頼んだよ」と言い残して去っていった。 「どうしますか」 「対象が来るまで待機」  くそもへったくれもない。追跡対象が来ないのなら動く理由もない。  坂田は守衛の動きを目で追う。エレベーターの方へ移動しなかったからだ。

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 同時刻。監視されているワゴンの方だ。こちらには坂田と、彼の部下五人が乗っていた。この五人というのは最後の生き残りだ。今年の四月からこちら、部下の数は減る一方である。  人数が減った分、キャンディの分配個数は増えるからいいか。と、一瞬ではあるが坂田はそんな事を考えた。市村から与えられるキャンディの数はいつも同じで、基本的に増減はない。彼が一人で手作りしているのだから仕方がない。坂田はただ、己に配布されるそれを部下達に分け与えて懐柔しているに過ぎない。  流通させればかなりの金

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 網屋が突然それを言い出したのは、金曜の夕飯の時間帯だった。 「毛布ほちいの」 「毛布」 「重いやつ」 「おもぉいの」  ホワイトシチューをもりもり食べながら、相田は反復相槌を打つ。ちなみにおかわり四杯目。 「待って先輩、今まで毛布無しでこの熊谷の冬を過ごしてきたと?」 「買った掛け布団が思ったより暖かくてさ。で、寒いなと思ったら半纏着たまま寝たりしてた」 「半纏あったけえもんねえ……って今何月かお分かりか?」 「えと、十二月」 「十二月の熊谷で毛布無しで生きていくのは

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「えっとね、東京からね、来ましたよ。お仕事をしに来ましたよ」 「もしかして、警備的なとこからかな」 「そうそう、警備的なとこから来ましたよ」  警備警察、即ち公安。 「ここまで聞いといてなんだけどさ、俺に喋っちゃっていいのか?」 「今更ぁ〜? まあね、今回に関してはね、いいの」 「ああ……じゃあ、やっぱり、あの人のことか」 「うん」 「坂田、だな」  ここ熊谷署に出向している男の名を聞き、塚越は薄く微笑んだ。先程の挨拶のときに見せたクールなフリとは比べ物にならないほどの

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「本日付を持って異動してまいりました、塚越光(つかごしひかる)警部補です。よろしくお願いいたします」  感情がこもっていないかのような声で、塚越という男は名乗った。一部の隙もないスーツ、痩せ気味の体と顔、そしてなによりその目。まるで蛇のようだ。  立花彩は、己と入れ替わりであてがわれたのであろう人物に対し、こんな感想を抱いた。  熊谷警察刑事課。とっ散らかった机と書類と、慌ただしい空気感。立花はこの慌ただしさが嫌いではない。熊谷市の警察官として勤め早十数年、どんな課でも忙