文芸部
文芸部卒業合宿は、私が女子大3年の夏、箱根塔ノ沢の宿で行った。この合宿で4年生は引退し、私達3年生が中心になる、いわば引継ぎの合宿だった。
参加した部員は11名、それぞれの作品を持ち寄って批評しあう形式だったが、「怖い話」を用意する、という余興を私達3年生が提案、最終日の夜に実行することになった。実行委員になった私は、小道具として人数分のろうそくを用意した。小さいガラスのコップに入った赤いろうそくを灯して各自の前に置き、話し終ったら消す。全員の話が終わると部屋は真っ暗になり、恐怖がいや増す、というシナリオだ。
籤びきで席順を決め、円座を組んだ私たちは一人ずつ話し始めた。電気を消した部屋に赤い蝋燭が11本、炎がゆらりゆらめいた。トリを務めたのは副部長の平松先輩、きらめくような感性の持ち主でわたしの憧れの人だった。劇団員でもあるという先輩の、落ち着いた絶妙の間合いの話が始まった。
「私の母は病院の看護師長をしています。その病院の入院患者は寝たきりで話もできない方ばかり、夜はシーンと静かで脈をきざむ機械の音だけが響いていました。皆さん高齢でしたから、亡くなる方も多いのですが、一人がなくなるとばたばたと後を追うように亡くなる。そんな時期でした。母は見回りがすんで夜中2時ころトイレにいくと、水を流す音が聞こえ準夜勤の看護師が使った後かと思ったそうです。3時間後に行くと、また同じ個室から水の音・・・誰もいないはずなのに故障かもしれないと翌朝報告、調べたけれど、故障はしていないとのこと。あの音は誰だったのだろう?今でも謎のままだそうです」
そこまで話すと先輩は、ふっとろうそくの火を消した。
その時、真っ暗の部屋に突然ザーっとトイレの水を流す音が響いた。
部屋の入り口にあるトイレには誰も入っていないはずなのに。
キャー、皆は悲鳴を上げ、わたしは隣に座っていた遠藤さんに抱き着いた。なぜ水の音がしたのだろう?その旅館は平松先輩の知り合いが経営している宿だったから、先輩がタイミングよく水を流すよう、仲居さんにたのんでおいたのだ、と話す人もいたが、そんなにうまくいくだろうか?
それ以来、文芸部の仲間はより一層親しくなり、遠藤さんは今も大事な親友だ。
おわり
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