湿ったゴツン!
お風呂場出口の柱に思い切り頭をぶつけてしまった。洗濯が終わり立ち上がったとき、体を出口にむけ、すっと出るつもりだったのが、向けきれていなかった。ゴツン!と鈍い音・・・強烈な痛さで座り込んだ。そっと立ち上がり、洗面所の鏡でぶつけた左目の横のあたりを見ると、額下から頬骨の上あたり、目に沿って、みごとに細長いコブができている。美女台無しだ。こんなときは冷やすしかない、父が発熱したとき用に買ってあった冷却シートをはりつけた。
三日前のことで、その日はシャンプーもやめ、シャワーを浴びただけで、ビールも我慢して休んだ。翌日ぶにょぶにょになったシートをそっと外してみると、コブはだいぶへこんだが、左目の下に黒々と痣ができていた。もともとの皺、さらに痣、とくれば最強のアイシャドウだ。パンダまではいかないが、なかなかの迫力で、フェザー級タイトルマッチで敗れたボクサーくらい、とは言える。
身体がものとぶつかったときは、独特な音がする。物同士の衝突とはちがう、なにか湿った音だ。昔そんな音を聞いたことがある。小学校一年生のころ、立ち上った拍子に身体がふらつき、前の子の机にあごをぶつけた。
ゴツン!
あごの下が切れ、床に血がぽたりぽたりと垂れた。泣くのも忘れ、茫然としていると、級友たちの「せんせー!」の声で担任の鈴木先生がかけつけた。彼はわたしをお姫様抱っこして保健室へ走り、応急手当てをしたあと、家まで自転車で送ってくれた。玄関前に心配そうに立っていた母の青いエプロン姿がはっきりと記憶に残っている。
傷は残ったがあごの下だったから目立たず、そのことはずっと忘れていたが、なんと10年ほど前、あごの下の同じ部分を切ってしまった。怪我の上書きである。
その日、安かったのでドン・キホーテでワイン、日本酒、麺類などを買い、前かごに入れて帰って来た。横道に曲がろうとしたら、荷物が重かったのと、私の生来のもたもたぶりが重なり、角を曲がったところで、がしゃんと自転車ごと倒れたのだ。歩道に赤い液体がぽたぽた垂れてきたので、最初は赤ワインの瓶が割れたと思ったが、わたしの血だった。あごの下を道路わきの低いブロックの塀にぶつけ、切ってしまったのだ。
そばを歩いていたサラリーマン風の男性が駆け付け、飛び散った買い物を集めてくれたので、なんとも間が悪く「大丈夫です!」と、お礼もそこそこに、傷をハンカチでおさえ、家に帰った。幸い出血は止まったので、落ち着いて鏡で見てみると、5センチくらいは切れている。
また自転車に乗ってネットで探した整形外科に行き、縫ってもらった。
「なん針くらい縫ったんでしょうか?」こわごわ聞くと
「う~ん、しいて言えば1針ですね。こういう縫い方をした方が傷が残らないからね」と、先生の説明は意味不明だった。あごはしばらくの間厚いガーゼで覆われて、耳を切りとったゴッホのような姿になった。でもわたしの治癒力はたいしたもので、3週間ほどであごの下から少し顔の方まで伸びていた、黒いかさぶたもとれた。傷はうっすらと残ったが気にするほどではない。
さて、目の下の痣は、少し薄くなり、アヅキ色程度になった。あと一週間もすれば、消えるだろう。痣の上塗りはもうこりごり。気を付けなければ・・・
おわり
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