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別れの味#シロクマ文芸部

 チョコレートは大好きだ。近所のスーパーで売っているナッツ入りがお気に入り。ちょうど親指と人差し指でつまめる大きさで、隕石のかけらのようなゴツゴツした形、10個くらい入って一袋100円は嬉しい。甘さ控えめ、ナッツの香ばしさとよく合っている。後を引くので、一度に食べ過ぎないよう大事に味わう。

 ところがある日、そのナッツチョコをカリリと噛むと、以前治療して金属をかぶせた歯に鈍い痛み・・・鏡でみると歯茎が少し腫れている。仕方ない、すっかりお馴染みになった歯医者に出かけた。

 「う~ん、だいぶ歯茎の中の骨が侵食されていますねぇ。 ほら、この黒いところ、ここは骨が溶けてなくなっているところです。 だから、この歯は支えがなくてぐらぐらしている。 それに、この黒いところからばい菌が入って、炎症を起こしている。 今回腫れがひいても、またぶり返す可能性が高いですね。 抜いたほうがいいかもしれない。 使えるだけもうちょっと使ってみるか、難しいところですね」

 谷川先生は、レントゲン写真をライトに透かして見ながら説明してくれている。 微笑しながら話しているせいか、眼鏡の奥の目が少し楽しそうに見えた。

 二週間後また痛み出し、問題の歯は抜くしかない、という結論になった。
3本の麻酔注射の針につかれ、削られた歯はペンチでメリメリと音を立ててはぎとられてしまった。 促されてやっと目を開けてみると、ライトにさらされた歯茎は思いのほか深く、鋭かった。 根元には、ばい菌の入り口になった、わずかな亀裂が見えた。 長い間、口のなかでわたしの好物をかみ砕いてくれた歯、二度と戻らない歯… 喪失感が胸に迫った。

 歯が弱くて引っ越すたびにその近所の歯医者に通っている私、 もう10年以上お世話になっている谷川先生とも、あと何回会うことになるのだろう。歯との別れもまた経験しそう… 「会うは別れの始め」とはよく言ったものだ。

もし焼死したら
歯型で鑑定してくれるのは
この人かな
行きつけの歯科医
小日向文世似の谷川先生

               おわり


小牧さんの企画に参加させてください。
小牧さんお世話をおかけしますがよろしくお願いいたします。



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