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初夏を聴く#シロクマ文芸部

初夏を聴く、の言葉で思い出されるのは、故郷の田から聞こえる蛙の声だ。田植えの終った水田は空の青さを映し、風がさわさわと苗を揺らす。空の色が茜から藍に変わるころ、田から一斉に聞こえてくる蛙の歌。農薬を使うようになって、今はほとんど聞こえなくなった、というあの声を思い出す。

仕事帰りに寄ったコンビニから出ると、あの懐かしい声を聞いたように感じ、足を止めた。確かに蛙の声だ。街路樹の根本に身をかがめると、緑色の蛙が、ぴょん、と僕の腕に飛び乗った。
「おいおい、ずい分無防備じゃないか」
思わずつぶやいた。蛙は頭を傾けてじっと僕をみつめ逃げようとしない。
振り払おうとして、思いとどまった。
これも何かの縁、家で飼おうか?いやいや水槽もないし無理・・・
そうだ!屋上に池がある。あそこで飼えそうだ。僕は蛙を腕にのせたまま
帰り、屋上に上がった。広がる夜の街、それぞれの色の灯りのともる窓、めったに来ない場所だが、眺めは気に入っている。ネオンやビジネスビルの灯りで星はほとんど見えないが、くっきりと浮かぶ月が神々しい。庭園片隅の小さな池には睡蓮の鉢もあり、まあまあの環境・・・蛙は気に入ったようでぴょんと水辺に降りた。

翌日から僕は忙しくなった。会社帰りにペットショップで蛙の餌を飼い、
夕食が住むと屋上へ。睡蓮の葉に載せた餌を蛙が顔を出しペロリと食べる。そしてコロコロと鳴く。屋上で月を眺めながら、僕は一茶か芭蕉になった
気分だった。

3日ほどの出張から帰った僕は驚いた。最上階の家の天井から水漏れがするという苦情が出て、屋上の池の水を抜いた、という知らせがポストに入っていたからだ。慌てて屋上に上がると、池の水は見事に干上がり、睡蓮の鉢もなくなっていた。蛙はどうしただろう?やっぱり無理をしてでも部屋で飼えばよかった・・・後悔したが後の祭りだった。

土曜日の午後、珍しく訪問者があった。隣に引っ越してきたという女性だった。グリーンのカーディガンが爽やかだ。クッキーの箱を差し出し遠慮がちに言った。
「あの、わたしフルートをやっています。ご迷惑をかけないよう気を付けますが、もし音が気になるようなら、遠慮なくおっしゃってください」

へえ、フルート。いいじゃないか。フルートは嫌いじゃない。
それから時々音色が聞こえてくるようになった。
これが、新しい初夏の音かな・・・耳を澄ましたとき
突然、母がよく歌っていた歌を思い出した。

「月夜のたんぼでコロロ、コロロ、コロロコロコロ鳴く笛は、あれはね
あれは蛙の銀の笛 ささ 銀の笛」
銀の笛?フルートじゃないか!吹いているのは蛙?
まさか!

           おわり

澄んだ声の歌、是非お聞きください。
振りつけて、踊ることもできます。(≧▽≦)👇

小牧さんの企画に参加させていただきます。よろしくお願いいたします。


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