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スケート靴が借りられない

(アルザス生活その7)

 地図を眺めていたら、ミュルーズの近くに、スケート場を見つけた!ミュルーズは、叔父とコルマールに行く途中で乗り換えた駅で、ここから近い。クフス英会話学校の前に小さなバスロータリーがあるので、念のため案内を見てみたら、なんとにミュルーズ行きのバスが見つかった。終点まで乗ればいいのだし、列車よりこちらの方が良さそうだ。電話帳でスケート場の番号を調べ、かけてみたら、悪戦苦闘のすえ、水曜日だけ昼間も開いていると聞き取れた。

 スケートは水泳と並び、人並みにできるスポーツだ。というか、スポーツでは、この二つだけが得意だ。学生時代スケート場に行く機会があり、行ってみたら余りの怖さに2時間のうち一歩も出すりから離れられなかった。
じゃあ、やってやろうじゃないの、とスケート教室に入り、毎週通ったのだ。おかげで、コーナーで足をクロスすること、バックで滑ること、足を上げて滑るスパイラル、などができるようになった。

 15分ほど遅れてきたバスは、なんとマイクロバスで、ロータリーで待っていた全員が乗ると満員になり、私を含め数人は座れなかった。ところがバス停が進むにつれ、どんどん降りていく。日本以上に車で移動する人が多く、あまり遠くまでバスで行く人はいないらしい。20分ほどで、私と運転手だけになってしまった。

 一人後ろの座席に座っていたら、運転手が振り返り、自分の横の席に来いと手招きする。いいのかな、と思いながら行ってみるとたちまちおしゃべりが始まった。彼曰く、「イタリヤ語もスペイン語ドイツ語もわかるけど、英語はわからない。海の向こうの国の言葉だからね」そういえば、乗客のなかで、イタリヤ語を話している人もいた。ヨーロッパは陸続きだから、いろいろな言葉、文化が混在しているのだ。

 わたしが日本人だと知ると、彼はポケットから写真を出し、「ぼくの妻だけど、日本人みたいだろ?髪が黒いし」と笑った。おかっぱ頭の女性は日本人に見えなくもない。梅の味のガムを持っていたので、プレゼントすると「オーメルシー」とにっこり嬉しそうだった。1時間かかってやっと終点に着き、親しい友人のように握手して別れた。

 スケート場までは、またバスに乗らなければいけない。駅前のバス乗り場で見ると、目指す停留場にいくバスが見つかったが、バス停の名前が読めない。近くにいた中年の女性に、「読んでください」とお願いするとはっきりと読んでくださった。

「つーらいな」

え?辛いな? ドイツ語でZはづ、と発音するのでzur  Rhin つまり、ライン川堤、とでもいう意味か。偶然だが日本語みたいで面白い。

 スケート場に着くと、開場時間少し前だったため、行列ができていた。中高生が多いが、親子連れもいる。やっと入ったはいいが、靴の借り方がわからない。入場券売り場の叔父さんは、私のフランス語を聞くと、困ったように笑った。何を言っているのか分からないのだ。困ったとき笑うのは日本人だけではないらしい。「あなたが滑るのか」と聞くので「ウイ」と答えると券を出してくれた。すいていると思ったのもつかの間、小学生の団体が続々と入って来る。

 右側の棚にスケート靴がサイズ別にずらり並んでいるので、その中から自分のサイズを選んで、貸し靴係がいるカウンターに持っていく。私の場合は38、日本でのサイズは24センチだ。貸し靴係の2人のお姉さんは大忙しで、カウンターに靴を乗せて、順番を待っていても、なかなかこっちに来てくれない。外国人だから来ないのかな、と、ひがんでしまう。靴を借りるのに30分もかかってしまった。

 氷に降りると、滑らかだった表面は皆が滑って削られた氷でザラザラで、シャーベットのような氷の粉が表面にたまっている。せっかくのテクニックも使えぬまま、40分滑っていたら腰が痛くなり、無理は禁物とリンクサイドに上がった。長椅子の方に歩いていくと、突然声をかけられた。

「ボンジュール。マダム」

 青いジャンパーを着た金髪の少年が右手を軽く上げて笑っている。「ボンジュール」と答えると仲間の方を振り返って得意そうだ。「ほら、外人が答えてくれたぜ」といったところか。

 帰りのバスはすぐに来たが、駅の方に行くのか分からず、運転手に聞くと、「ノン!」駅の近くに行くかと聞くとこれも「ノン!」そのあと何か言ってくれているがわからない・・・すると、バスの真ん中くらいに乗っていた男性がすっと立って「英語を話しますか?」と聞くので「イエス」と答えると、彼が通訳をしてくれた。途中の○○と言うバス停で乗り換えること、券を今買っておくと、乗り換えた後も使えること、なんとありがたい、意味がやっと分かった。

 駅からは列車でなんとか無事に帰って来れた。駅を出ると雨が降っていた。お年寄りの夫婦が歩いてきたが傘はさしていない。フランス人はあまり傘はささないのだ。ベビーカーをおしたお母さんも、赤ちゃんも濡れて、金髪の色が濃くなり額に張り付いている。

わたしも濡れながら歩いた。

             

              アルザス生活7おわり





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