見出し画像

#ひとつだけ記事を残すなら

 山根あきらさんの企画に参加させてください。
 お手数おかけしますがよろしくお願いいたします。

「一つだけ記事を残すなら」というタイトルなので、どの記事にしようかと悩みましたが、やはり初めて投稿した短編小説「従順なバス」にしました。この記事はもう、アップしてないのでこの下に原文を貼ります。

私のショートショートの原点になっている作品で、気合入れて書いてますので少し長いですが、スラリと読めます。読んでいただけると嬉しいです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


従順なバス(2700字)


 仕事が終って地下鉄の駅に着いたとき、私はいつもと何か違う雰囲気に気づいた。ならんだ自動改札のはじの、駅員のいる改札口に30人ほどの人が集まっている。団体客?それにしては、バラバラだ。横に立っている高校生らしい女の子がスマホで話している。
 
「なんかさぁ、地下鉄止まってるんだって。駅まで迎えに来てよ」
 
 そういえば、改札を出たところにある電光掲示版でも、発車時間が消えたままだ。 いつも、その数字を確かめて改札を出ているのに。事故?なにがあったんだろう?そのとき、チャイムがなり、放送が聞こえた。
 
 「車両故障のため、現在、地下鉄は不通になっております。当駅に停車中の電車も、動けない状態です。復旧の見込は今 のところたっていません。お急ぎのところまことに申し訳ありません。切符の払い戻 し、バスの振り替え乗車券ご希望のお客様は、改札口までおいでください」

 え? そんな……。復旧の見込みがたっていないなんて。しかし、それならば、かえって諦めがつく。バスで帰ろう。たしかこのM駅には、かなり広いバスターミナルがある。 たまにバスで帰るのも悪くない。振り替え乗車券をうけとると、いつもと反 対側の、バスターミナル方面と表示のある出口に向かった。

 このM駅近くのドラッグストアに勤め始めて一年になる。新興住宅地をひかえたM駅 の斜め前の店は、薬の他に化粧品や、しゃれた文房具、家庭用品などもならべていて、ベビーカーを押した若い夫婦でにぎわっていた。なにもかも新しく人工的な街と駅。 機能的でスマート。そんな雰囲気が気に入っていた。    

 バスターミナルは、駅の裏側に拡がっていた。だ円形の充分なスペースに沿って、10ばかりの行き先のかかれたポールがたっている。一番長い列を従えたポールを確かめると、私の住むS駅行きだった。しかたがない。S駅へ行く途中には、私鉄と交叉しているN駅もある。混むのはあたりまえだ。しかし、バスは一時間に4本しかないから15分は待たなければならなかった。 

 「臨時バスでもでないかなぁ……」 「出ればいいのにねぇ……」

 私の前にならんでいる老夫婦が、みんなの気持ちを代表するように、声高に話して いる。やっと時間どおりバスが来た。そして、長い列の半分ほどの人たちを詰め込むと、5分遅れて動き出した。 

 「いや、30分も止まっている地下鉄の中で待ってたのに動かなくて。まいったなぁ 」「わたしももうちょっと早く帰ればよかったのに、デパートで買い物なんかしちゃったから。A駅まで帰るの、このバスじゃ、遠回りだけどしかたないわねぇ」 

 知り合ったばかりらしい2人が話している。サラリーマンと主婦だろうか。あちらこちらで、地下鉄の動かないことをなげく会話が聞こえていたが、バスが走り始めて5分もたつと、だれもが口をつぐみ、無表情になっていた。

 初めて通る道……。私は、つり革につかまりながら、すっぽりと夜につつまれた見知らぬ店やマンションを眺めていた。ふと、運転席の左上の次の停留所名を見ると、「静神社前」とという文字が光っている。静神社か……、だれもが静かになるはずだ ……。
窓ガラスに写った自分の顔がかすかに笑った。 

 15分程して、N駅に着いた。予想通り、大勢の人たちが降り始めた。
私の前の席もあいたので、腰をおろすことが出来た。ほっとしたせいか、疲れがでて、ほんの少 しまどろんだようだ。目を開けてみると外では小雨が降り出し、窓ガラスに斜めの線 がついては消えている。
   

 次の停留所名を見ると、「言問町」とあった。

 「ことといちょう?」
わたしの独り言が聞こえたのか、隣にすわっている女性が話しかけてきた。
もしかして臨月?と思われるような突き出たお腹のうえに、これもふくらんだ買い物袋をのせている。
 「そう、ことといちょう、ですよ。あなたは、どちらまで?」
 「終点のS駅ま でですけど」
  「あら、たいへん。だいぶかかりそうねぇ。金曜日で5当日だから渋滞してるし。おまけに雨なんか降ってきて。S駅からは、また乗り換えるの?」
 「いえ、歩いていけるけど、雨だからぬれちゃうかなぁ」
 「そう、小降りになるといいわね。あ、わたし次でおりるから、ごめんなさいね」 

 「言問町」では、5、6人が降り、バスの中は、10人程の乗客だけになった。向いの席に座っている、職人風の中年の男性がだれに話し掛けるのでもなく、言った。

 「いやぁ、すいちゃったねぇ、満員だったのにさ。いつもは俺トラック運転してるのに、免停くらっちまって。車検切れてるのうっかり忘れててさ。
 現場の近くにちょっと止めといたら、駐車違反だっておまわりにつかまって、免停よ。それでひさ~~ しぶりにバスなんか乗ったら、この混雑。
地下鉄が事故だって?なんかついてないよ な。まあ、でもいいか。人様に運転してもらって るから、酒なんか飲んでものっかていられる。ねえ、運転手さん!」 

 だいぶ酔っているらしい。その男性も次の停留所で、タオルを頭にかぶって降りて行った。停留所は……。背を伸ばして見ると、「内明町」UCHIAKECHO と書かれた停 留所のポールがゆっくりと後ろにさがっていくところだった。

 「言問町」では、臨月の女性にいろいろ聞かれ、「内明町」では、職人風の男の打ち明け話……。


  次の停留所は?運転席の横では、「飛来橋」の文字が光っている。
 飛来?まさか! 

 渋滞していた道路はいつの間にかすいて、バスは速度をあげて走っていた。
窓の雨のあとが、さっきより横に、ほぼ水平に流れている。工事中なのだろうか、道の両側には赤いランプが点々とつき、まるで飛行場の滑走路のようだ。そのとき、地面にふれているタイヤからの振動が消え、バスがフワリと浮き上がったように感じた。身をねじって窓の外を見る。

 橋は?ない!見えない!バスが飛んでいるなんてそんなバカな!
 
 「ゆれますから、おつかまりください」
運転手の声に、あわてて、ポールにつかまると、ドスン!という音とともに横揺れがした。着陸?ふたたびタイヤからの振動……。バスは、なにごともなかったように走り続けた。

 やがて、S駅の明るい光が見えてきた。私は、半信半疑のまま、バスを降り家に向かった。

 翌日の朝刊を見て、おもわず「あつ!」っと声を上げた。「車庫帰りのバス、海に転落」という記事が目に入ったからだ。車庫帰りだから、乗客は乗っていなかったし、運転手も軽傷ですんだ、とのことで、小さな記事だった。しか し、海に転落した場所が次のような地名だったのだ。

  △△市◯◯区潮入町          

                            完

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?